Black dream~黒い夢~プロローグ

彼女の記憶に残る色、それは赤。
どす黒く変色し、視界一杯に広がる血の海の色。
そこかしこに響き渡る銃器の音や爆裂音、禍々しいフォトンの波が彼女の心を乱し、目の前の状況を現実ならざるものとして脳が否定する。

「かあさ…とうさ…」

か細い声で助けを求めた者たちは動かない。
既に、ヒトとしての姿すら保っていない。
二十歳に手がとどきそうだった思春期の少女は、悲鳴すら上げられないままそれを見た。

黒く蠢く禍々しい塊。
それは人か、他の「何か」か。
それすら判別できないほど、彼女の脳は混乱していた。
腰が抜け、狭い部屋「だった場所」からじりじりと這うようにして「それ」から逃げようとする。
瓦礫の山の中を必死に這い、ようやく立ち上がる事が出来た時。
街中に、それが居る事に気付いた。

戦場。

その言葉が当てはまるほど、彼女が住んでいたその街は破壊しつくされていた。
視界におびただしい数のヒトが倒れている。
剣や銃器を持った者達までもが多数犠牲になっていた。

嘘。
こんなの、嘘。
昨日まで皆で普通に暮らしていたのよ?

ひときわ大きな「黒い何か」が彼女の退路を塞ぎ、黒い刃のようなものを振りかぶった。
咄嗟に仰け反り、避けようとする。
一瞬遅れて、焼け付くような痛みと血の匂い。
ざっくりと、鼻から頬にかけて斬り付けられたのだ。
長い銀髪の一部が一緒に切り裂かれ、その場に散らばる。

「…っ!!!」

死にたくない。
その長い耳までも血に濡らし、それでもその「痛み」が彼女を奮い立たせる。
だが、無常にも逃げ道を捜す彼女の視界の先に多数の「何か」が。
諦めという文字が脳裏を掠める。

「ぜあぁぁああああああああああああっ!!!」

男の叫び声。
何が起きたのか、彼女には判らなかった。
瞬く間に、彼女を取巻く「何か」は薙ぎ倒された。

「大丈夫か!!」

しかし。
彼女にはそれが、新たに現れた「何か」にしか見えなかった。
それは、自分に向かってくる。
それまで麻痺していた「恐怖」が、全身を襲う。
初めて彼女は、叫んだ。

「いや…いやぁあああああああああああああ!!!」
「?!」
「来ないで!!来ないでぇ!!!」

半狂乱状態のまま周りにある瓦礫を掴み、「それ」に向かって振りおろす。

「ぐあっっ?!」

その声に、彼女は我に帰る。
彼女の赤い視界の中でそれは次第に「ヒト」の姿になった。

「っつ…・!!」

瞬きを何度もし、彼女はその姿を見た。
背の高い「ヒューマン」の男が、背中にフォトンブースタを付けた大剣を背負っている。
確かその制服は「アークス」とか言う機関の。
黒髪の、体格の良い青年。自分より少し年上に見える。

「あ…」

男は自分の顔に手をやったまま動かない。
瓦礫の散乱している地面に、ぼたぼたと血が落ちた。
恐らくは、彼女が打ち下ろした「瓦礫」による傷。
押さえた右手の隙間から止めどなく血が流れ、黒いグローブの表面が赤黒く変色する。
自分の行った過ちに初めて気付いた彼女は、持っていた瓦礫を取り落とした。

「ご…ごめ…」
「怖がらせてすまん、大丈夫か?」
「!?」

彼女は呆然となった。
眉間を押さえながら、自分を気遣うこの男に。
何を言っているの?
自分が怪我をしたのに。
私が傷つけたのに。
その時、自分自身の顔に付けられた大きな傷が疼き出す。
顔をしかめる少女に、男は自らの顔の血を強引にグローブで擦り取って腰を落し、視線を合わせた。

「動けるか?ここからメディカルセンターまでどのくらいある?」
「…6ブロック西…」
「よし、走れるか?」

無言で頷く彼女に、男もまた頷いた。
瓦礫の合間を、手を繋ぎ。
走る。
走る。
男は、強かった。
次々に湧き上がる「何か」を避け、時にはその大剣で舞うように戦い。
彼女を守りながら駆け抜けた。

そうしてたどり着いたその建物は既に半壊。
ただ、病院としての機能はまだ残っているらしく、大勢のけが人でごった返し、看護士や医師達がひっきりなしに走り回っていた。
その周りを、男と同じ「アークス」の制服を着た隊員達が守護していた。
隊員の一人と挨拶を交わし、男は彼女をメディカルセンターの建物内へと案内する。
野戦病院化しているロビーの片隅に、男は彼女を座らせた。

「じっとして」

そう言って、腰のアイテムパックから応急手当のタオルとガーゼを取り出し。
彼女の顔に張り付いた血糊を丁寧にふき取り、傷口をガーゼで塞ぐ。
それからディメイトを一つその手に握らせた時、彼は気付いた。
少女の身体が小刻みに震えている。
その身に起きた惨状を考えると、想像に難くない。

「大丈夫、ここなら大丈夫だから」

安心させようと笑おうとして、ようやく自分の顔の傷を思い出した。
戦っている最中に再び流血していたらしく、変色した血の流れた跡が夥しい。

「あ、と。これじゃ怖いよな」

慌てて自らの血だらけの顔に乱雑に応急手当を施す男を、ただ無表情に見つめるしか出来ない。
何とか傷を塞いだ男は、立ち上がった。

「後はセンターの人に言っておくから」
「あ…あの」

立ち去ろうとする青年を、震える声で呼び止める。

「ん?」
「顔…ごめんなさい…名前…」

恐怖の中から、片言で発した少女の言葉に。
ああ、と青年は振り返った。

「俺はリュード。君は?」
「…エ…エリアルド…」
「エリアルド?」
「父さんと母さんは…エリって呼んでくれてた…」
「そうか…」

あの惨状からして、エリの両親は生きていない。
彼女の存在していた区画には、「彼女以外の生存者」は居なかったのだ。
リュードはエリのその細い両肩を掴んで、力強く頷く。

「エリ、君は生き延びた。君はこれから、生きないといけない」
「…」
「いいか、生きるんだ。君が生き延びたのには、理由があるはずなんだ。いいね」

エリのともすれば光を失いそうになる瞳をまっすぐ見据え。
リュードは力強く、諭した。
声は出なかったが、エリは僅かに頷いた。

『アークス各員へ通達。東ブロック48に新たなターゲット出現。活動出来る隊員は急行されたし』

無線に、オペレータからの通信が飛び込んでくる。
リュードは立ち上がり。
眉間の大きなガーゼを気にしつつも、力強く笑った。

「じゃ」

風のように、リュードは走り去った。
エリはただ、今の自分に起きた状況を整理する事すら出来ず呆然と座っていた。



新光歴238年。
…あれから10年の月日が流れていた。

いつも、この夢を見ると決まって全身にびっしょりと汗をかいて起きる。
飛び起きる、という程ではなくなったが。

「…ふう」

長い銀髪を乱雑に纏め、シャワーを浴びた。
エリは年相応の美しい女性となっていた。
その肉体は鍛え上げられ、寸分の無駄も無く。
しかし唯一つ、その顔に刻まれた大きな傷が彼女の生い立ちを示していた。
10年前の事を思い出す度、顔の傷が疼く。
今の技術なら綺麗に消す事も出来るのだが、エリはそれをしていない。
忘れない為もある。
必要でもある。

着替えたスーツに刻まれているのは「アークス」の文字。
非力な少女は、あれから戦う術を身につけた。
正規隊員になってから、ようやく2年が経とうとしている。
隊員一人ずつに与えられる部屋から出ると、同期の隊員達もちらほらと姿が見えた。
その中の一人の女性が、エリに気付いて歩み寄ってくる。
その姿からすると、フォトンを攻撃能力として直接変換する力に長ける「フォース」のようだ。
歩き始めたエリに合流するように、広いロビーを一緒に歩き始めた。

「おはようエリアルド」
「おはよう」
「昨日のナベリウスの話、聞いてる?」
「ナベリウス?」

惑星ナベリウス。
原始的な惑星で文明は存在しない。地表は緑に覆われ、原生生物は気が荒いが「アークス」としての腕を鍛えるにはもってこいの星。
エリも2年前に、ナベリウスでの最終試験を受けて正規の隊員に昇格した。
同僚の女性は、歩き続けるエリに耳打ちする。

「大きな声じゃ言えないけど、ダーカーが出たの。しかも尋常じゃない数」
「…」

僅かに、エリの表情が変化した。
彼女が昨日まで派遣されていた惑星は別の恒星系の「リリーパ」という星。
かつての資源惑星だったリリーパは今見るも無残に砂漠化し、機甲種と呼ばれる機械兵が放置されて暴走、その鎮圧に借り出されていたのだ。
だから、「報告」としてしか「ナベリウスの騒動」は聞いていない。

「ナベリウスにはダーカーは居ないって聞いていたけど」
「そうなんだけどね…最近おかしいわ、この宙域。『オラクル本部』の偉いさん達は一般市民には伏せているつもりらしいけど、薄々感づいてる人も少なくないみたい」

ダーカー。

宇宙に存在する生命全てに仇名す「存在」。
「全てを喰らい尽くすもの」として、恐れられている。
謎に包まれ、未だ「フォトン」と呼ばれる内なる能力を持つヒトでしか対抗出来ない。
特に「対ダーカー討伐」に秀でた者達を「アークス」は優先して採用していた。
彼女は元々「フォトン」の扱いに長ける適正を持つ「ニューマン」だったが、その背中には「ワイヤードランス」と呼ばれる「自在槍」が装備されていた。

「前も聞いたけど、なんでハンターなの?」
「前も言った筈よ?前に出る為」
「だって、普通ニューマンはハンターなんて選択しないわ。しかも女性、ハニュエールだなんて。とても体力持たないでしょう?」
「私はやっていけているわ」
「クラス変更だって申請すれば出来るのに」
「…しつこいわね」

ずけずけとプライバシーに踏み込んでくる同僚に少し不機嫌な顔を見せると。
両手を挙げてフォニュエールの女性は肩をすくめた。

「だって、心配じゃない。数少ない同期なのに」
「貴女またパートナーを待たせてるんじゃないの?」
「…あっ!」

顔色を変え、じゃあね、とばたばた走り去る同僚を見届けて、エリは大きくため息をつく。
悪い娘じゃないんだけど。
それぞれの惑星の探査にキャンプシップが飛び立つロビーへと視線を投げた。
その時、首元に取り付けられた無線が着信を知らせる。

「はい」
『アークス第347期、エリアルド・ライラでよろしいか』
「はい、そうです」

オペレータの声に、エリは背筋を正した。

『貴女に出頭命令が下った。至急最寄のカウンターに来られたし』
「?…はい、了解しました」

呼び出される理由は?と聞こうとして無機質に通信を切られる。
昨日までの惑星リリーパの報告は既に終わっているから、その件ではないはず。
恐らくは今回のナベリウスのダーカー討伐に駆り出されるのだろうが。
わざわざ「出頭」してまでとは?
首をかしげつつ、さほど遠くないアークスカウンターに足を向ける。

「エリアルド・ライラ、参りました」
「…了解、確認した。こちらへ」

キャストと呼ばれる機械の身体を持つ種族の「女性監理官」が、彼女を別室へといざなう。
何だろう。
そうは思いつつも、それを表に出す事はせず。
ただ後ろを付いて歩く。
普段は入れない区画、いくつもの転移ゲートを抜けて。
一つの大きな扉の前に二人は立った。
『総督室』と書かれている。
扉のパネルに監理官が手を触れると。

「総督、お連れしました」
「入りたまえ」

僅かな音を立てて、扉が開いた。

惑星間、あまたの銀河を旅する巨大な移民船団「オラクル」。
その中心に位置する全長2,000kmを越える超大型の「マザーシップ(箱舟)」の護衛や、発見された惑星の調査を任されている巨大軍事組織「アークス」が中核を成している「アークスシップ」。
一隻あたり100万人を超える「人類」が住まう全長約70kmの超巨大な宇宙船が、箱舟を取巻くように無数に存在し「船団」を構成しているのだ。
そのうちの一隻に、彼女は配属されていた。
だが「アークスシップ」の責任者である総督にはそうそう会えるものではない。
エリは緊張して、扉をくぐった。
音を立てて踵をあわせ、敬礼する。

「エリアルド・ライラです」
「やあ、君がエリアルド君か。私と同じニューマンだね」
「はい」

直立不動でエリが答えると、窓辺に立っていた温厚そうな初老の男性が振り返った。
小柄だが、その身体に持つ「フォトン」の力は大きい。
エリにはそれが「見えた」。

「昨日のナベリウスの件は知っているかね?」
「はい。ダーカーが大量発生したとか。…ナベリウスにはダーカーは存在しないと聞いていましたが」
「今まではそうだった。しかし事情が変わったようだ」
「?」

窓の外に広がる光景。
巨大な宇宙船の中に人工の「空」、足元に「街」がある。
銀河を移動する彼らにとっての安らぎの場。
そして「生まれた場所」。
総督はエリを備え付けのソファに誘い、座るように指示した。
会釈をしてから、エリは腰を下ろす。
それを確認して、応接テーブルを挟んだ向かいのソファに総督は座った。

「昨日は運悪くナベリウスでアークスの認定試験も行われていて、大勢の試験生達が命を落としている。だが、試験を先延ばしにする訳にはいかなくてね。君のように優秀な能力を持つ隊員を試験に割り当てて、実地試験としてダーカー討伐も一緒に行う事にしたんだよ」

無茶をする。それだけ事態は急を要するという事か。
…だが。

「では、何故私はここに呼び出されたのでしょうか。その程度の任務であれば、通常のカウンターにて通達を受けられると思うのですが」
「君には、特別な候補生を引き受けてもらいたい」

特別な候補生?
総督の親族か誰かだろうか?

「入ります」

その声は、低く太い男性のもの。

「リュード・アレル、参りました」

エリはその言葉に反射的に立ち上がって振り返り、息を呑んだ。

リュード。
10年の年を経て、顔の彫りは深くなり、身体も益々逞しくなった。
忘れもしない、その眉間の大きな傷。
何より、エリがずっと、ずっと探し続けてきた自らの恩人がそこにいた。
エリの表情が俄かに綻ぶ。
しかし。

「リュード君。彼女はエリアルド君だ。君の試験を担当する」
「了解しました」

向き直ったその視線にエリは戦慄した。

「初めまして」
「え…???」

他人の、目。
しかも、その瞳には影があった。
己の記憶の中にある、あの真っ直ぐな笑顔は微塵も無かった。

「リュード・アレルです、よろしくお願いします」
「…あ、よ、よろしく」
「では、失礼します」

そのまま、すっと背中を向け。
部屋を出て行ってしまった。
呆然と立ち尽くすエリに、総督が歩み寄る。

「君の経歴と、捜索届けを読ませてもらった。彼の事を探していたんだろう?」
「え…ええ」

動揺を隠し切れず、ただ扉を見つめるエリ。
そんな彼女の態度を予想していたようで、総督の表情は非常に重い。
思い悩むように、口を開いた。

「彼は、10年前の『事件』で記憶をなくしているんだ」
「…何ですって!?」
「優秀なアークスを、あの事件で沢山失った。彼もその時の一員だったが酷い怪我を負ったらしくてね。命は取り留めたがその代償に記憶を失ったと聞いている」
「そんな…」

10年前の「事件」。
他でもない、自分自身がその被災者。
あの後、何が起きたのだろう。
心がざらざらと波立つ。

「ただ、自分の名前と『何かと戦っていた』事だけは覚えていたらしい。どうしてもアークスに入りたい、つまり戻りたいと言っている。病院の担当者が何度も諭したそうだが、頑として聞き入れなかったそうだ。長いリハビリとトレーニングを重ねて、今に到っている」

あの日の脳裏に焼きついた光景はどうやっても忘れる事は出来ない。
両親が惨殺され、街が壊された悪夢のような出来事。
その中で、唯一の希望だったリュードという青年の記憶。
彼女がハンターとしてアークスになったのは、彼を探す為でもあった。
だが、この2年どう探しても「アークス」の中に彼らしき存在は見当たらなかったのだ。
それが、こんな形で。

「しかし、一度リタイアした者はたとえどんなに優秀な者でも再試験を受けねば資格は取り戻せない。かといって口外出来る様な話でもなく、誰か事情を少しでも知るものは居ないかと探していたんだよ。他にも同じような境遇の者は沢山居るが、彼に対しての捜索願いは今まで君のものしか提出されていなかった」
「それで、私を」

エリは小さく頷いた。
つまり、彼にも肉親や親族が居ないという事?

「そういう事だ。昨日の騒動で、今回の試験は一度白紙に戻された。そんな中でも、報告によればリュード君は見事な働きをしたという。当然といえば当然だが…彼の挙動にはまだ不安定な部分がある。試験の間だけでも一緒に行動してやってくれないか」
「…わかりました」
「そうそう、もう一人リュード君と組ませて居る試験生がいるが、そちらは到って普通のアークス候補生だ。わけ隔てなく接してくれ」
「承知しました」
「頼むよ」

脇に待機していた監理官が頃合を見計らって扉を開く。
動揺を隠しつつ頭を下げ、エリは退室した。
総督はそれを見届けてから監理官へ目をやった。

「監視を怠らないように。逐一報告してくれたまえ」
「了解しました」

静かに、監理官が部屋を出る。
無数のアークスシップの彼方に見える「マザーシップ」が、恒星の光によって鮮やかに輝いている。

「…少しでも可能性があるならば、それを放置しておくわけにはいかないのだ、判ってくれ…」

総督は大きく一つため息をついてから、じっとその光景を見つめていた。




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