Black dream~黒い夢~(2)

『お疲れ様でした。大変でしたね、間に合ってよかったです』

彼らがキャンプシップに帰還してすぐに、シップのモニターが灯る。
ブリギッタの心からの安堵の表情に、エコーがようやく笑みを浮かべた。

「ありがとう、正直どうなるかと思ったけど」

確認するようにエコーが振り返ると。
それぞれが装備していた武具を外して損傷を確認し、ゲート端末を使って各自の倉庫へと転送している。
自動的に、自室の倉庫へと送られるシステムになっていた。

『あ、ヒルダ教官より連絡が入っています。代わりますね』

言葉が終わらないうちに、画面が切り替わった。
セミロングのソバージュがかった銀髪が印象的な、きつい目をした美人。
新人教育を任されているヒルダが、モニターを通して4人を見ている。

『こちらヒルダ。全員無事に帰還したようだな。何よりだ』
「ヒルダ教官」
『早速本題に入ろう。アフィンおよびリュード、両名の審査結果だが』

全員が背筋を正し、モニターへ正対する。
特に、アフィンは不安そうにヒルダの行動を見詰めていた。
ヒルダは頷いて、手元の資料を見る。

『二人とも、正規アークスとして申し分ない能力を持っている。フォトンの扱いも問題ない。合格だ』

アフィンはすぐに心境が行動に現れるようだ。
思わず出たガッツポーズ。

「ホントですか!!やった!!」
『ただし』

え、とアフィンはそのままの姿で硬直する。
決して、ヒルダの表情は安寧ではなく。

『アフィンはもう少し前に出るべきだ。いくら前衛がしっかり動いているからとはいえ、あまり下がりすぎると逆に他のエネミーから狙われる事になるぞ』
「え…あ…は、はい」

厳しい表情のヒルダに指摘され、一気に意気消沈するアフィンにエリは苦笑する。

『それから、リュード』
「はい」

己の名前を呼ばれた事に、彼は少し驚いた顔をする。

『少し好戦的すぎるきらいがある。多少は身上を聞いているが、意識してコントロールした方がいい』
「…判っています」
『そうか、ならば良い』

リュードは僅かに視線を落とした。
データは嘘をつかない。
あの時の状況は逐一報告されていた。エリが懸念していた事を、ヒルダも感じ取ったようだ。
しかし、今の言動はどうやら彼がその事を「自覚して後悔している」ようにも取れる。
エリはほんの僅かその様子に安堵していた。
資料を起き、ヒルダは改めて新人アークスの二人を見据える。

『アークスシップに戻り次第、アークスカウンターから正式にアークス認可証が付与される。遊んでいる暇は無いぞ。任務は山のようにあるのだからな』
「は、はい!」
「了解しました」

二人の返事を待ってから、ヒルダはエコーとエリに視線を移す。

『サポーターの二人にも辞令が出ている。エコーは任務を外れ、本来のパートナーとの探索活動を再開するように。エリアルドは引き続き二人のサポートを続けろ』
「了解です」
「え…」

笑みを浮かべて頷くエコーと対照的に、エリは一瞬焦りの表情をあらわにした。
試験の間だけ、では無かったの?
怪訝そうに、ヒルダはエリを見る。

『…ん?何か問題でもあるのか?』
「いえ、大丈夫です。問題ありません」
『よし。今後の活動を期待する。それから全員帰還したら念の為メディカルセンターでチェックを。「侵食種」や「ダーカー」と戦った時は必ず受けるよう習慣づけておけ。以上』

全員が一糸乱れず敬礼すると、ぶっつりとモニターが切られて静寂が戻る。
何度も何度も、アフィンは頷いていた。

「うん。うん。これでようやく正規アークスになれるんだな、俺たち」
「そうだな」
「そうだなって…なー相棒、もうちょっと嬉しそうな顔しろって」
「いや、充分嬉しいよ」
「いやだからさー、にこっとくらいしたらどうよ?」

アフィンも意外に世話焼きのようだ。
表情を表に出さないリュードを何とか和ませようと、色々気を使っているらしい。
エリがコントロールパネルからキャンプシップを帰還させるプログラムを起動させると、シップの前にワープホールが開いた。

「さあ、帰るわよ」

原理はテレプールと同じ。
アークスシップへの帰還ルートが確立されると、キャンプシップは一気にゲートジャンプする。



たった今帰還したばかりのスペースゲートの脇にあるベンチに、エリはどっと腰を下ろした。

「あー…」

言葉が出てこない。
こんなに疲労困憊したのは久しぶりだ。
エコーが苦笑して、隣に座る。

「お疲れさま。色々大変だったわね」
「まあね…」

アフィンが二人の前で、大げさに頭を下げる。

「先輩方、ありがとうございました!これからアークスカウンターで認可証を受け取ってきます!」
「はいはい、いってらっしゃい」
「行こうぜ、相棒」

リュードを引き連れて、アフィンはご機嫌にカウンターへと向かっていく。
それを見ながら、エコーがふと呟いた。

「ねえエリアルド」
「うん?」
「貴女ひょっとしてリュードって人の事知ってるんじゃない?」

心臓が飛び出るかと思った。
何とかそれを必死に表に出すまいとゆっくり深呼吸してから、エコーを見る。

「…どうしてそう思うの?」
「私も何となくあの人知ってる気がするのよ」
「…え?」

思いがけない言葉。
あれだけ探して手がかりが無かったはずのリュードを、知っている?

「わかんないんだけどね、どっかで会った気がするのよ。貴女もそうなんじゃない?」
「え、ええ」
「やっぱりね、何かおかしいと思ったの。堅物の貴女がやたら気にしてるんだもの。それにあの戦い方はとても訓練だけをやってきた候補生のものじゃないし…」

やはり、気付かれていた。
だが、それは明らかに自分の「知っている」とは違う。

「よう、お前らも帰ってきてたのか」

スペースゲートの方から、男の声が飛んできた。
エコーが立ち上がり、少し膨れたような顔をする。

「お前らとか言わないでよね、ゼノ」
「はいはい」
「ゼノはどうしてたの?」
「俺も別のルーキー達のお守りだよ。そいつらも何とか試験通ったからよしとするさ」

ゼノと呼ばれたヒューマンは、座っているエリの隣へ遠慮なく腰を下ろした。
赤い髪と紫色のハンター用スーツが強烈な個性を引き出している。

「ようエリアルド、どうした?なんか疲れた顔してるけど」
「大丈夫よ、気にしないで」
「彼女は体力バカのゼノと違うのよ。一緒にしないでよね」
「何だよ、心配してるんだぜ?」
「ゼノの心配は『いい加減俺のことを好きになってくれてないかなー?』でしょ」
「ばれてる?」

元来の能天気さと女好きが表に出てしまって、ともすれば軽薄に見えるゼノ。
とはいえ、その顔の傷が物語るように少なからず修羅場を乗り越えてきている。
世話好きのエコーと、いつもこうして喧々囂々。
だが流石にパートナーを組んで長いだけはある。
エコーがちらりとアフィン達の居るカウンターへと視線を飛ばすと、ゼノも同じようにそっちを見た。

「さっきの連中が例の?」
「そうなの。ゼノもそう思う?」
「うーん。何となく、だけどな。確かに見たことあるような…気のせいかもしれないけどな」

いつの間に情報を得たのだろうか、恐らくはエコー経由だろう。
ゼノもまた、同じように彼を見たことがある?
どういう事だろうか。
何か漠然とした不安を抱えて、エリはカウンターで許可証を受け取る手続きをしている二人を見た。
そんな彼女に、ゼノはその身を近づけて呟く。

「なあエリアルド、今日こそ上のショップエリアのカフェでお茶でも…」
「いいえ」

全く興味の無いエリは、ふざけながら言うゼノの言葉をぴしゃりと封じた。
身を引き、ゼノは大げさに肩をすくめて見せる。

「相変わらずツレナイなぁ。それがいいんだけど」

そう口を尖らせた途端、エコーがその耳をつまみあげた。

「いてててて!!!」
「エリアルドは疲れてるのよ、バカ言ってないで行くわよ!」
「判ったから放せって痛ぇよ!」
「エリアルド、私先にメディカルセンター経由で帰るから。後はよろしくね」

色々騒がしい部分はあるが元々は仲の良い二人。
ゼノのあの態度も、本当はエコーの気を引くためのものだとエリは薄々気付いていた。
騒々しく周りの注目を集めながら去っていく二人を見て、エリは思わず笑みがこぼれた。

それからしばらく、エリは一人でじっと目を閉じて座っていた。
少しでも、疲れを取らなくては。

「先輩!」

アフィンの声に、エリは目を開ける。
顔を上気させたアフィンが、駆け寄ってくる。
後ろからリュードがゆっくりと付いてきた。

「見てください、許可証ですよ!」
「良かったわね」
「これでオレも正規アークスの一員かー。長かったなぁ。個室も貰えたし」

何度も何度も表裏を繰り返し、アフィンは正規アークスのみが持てる許可証を眺め続ける。
良くわかる。
自分も、長く辛い訓練を経て2年前にこれを受け取った時は気分が高揚したものだ。
エリは立ち上がり、二人に向き直った。

「そうね。だからこそ命は大事にね。しっかり実績を積んで腕を上げればそれだけ生き残る確率も上がるわ」
「そ、そうですよね」

エリの言葉に、浮かれていた自分を正すように慌てて顔を引き締めるアフィン。
リュードも、その隣に立ってエリを見る。
エリはアフィンにその右手を差し出した。

「ま、難しいことは抜きにして…おめでとう二人とも。これからは先輩じゃなくて仲間よ」
「仲間?」
「しばらくは一緒にやっていくんだから、対等に扱わせてもらうわ、アフィン君」
「は、はい!頑張ります!」

アフィンがぶんぶんと握手を振った後、エリはその手をリュードに差し出した。

「リュードさんも、よろしくね」
「…ああ、よろしく」

ほんの少し驚いてから、リュードは僅かに笑ってその手を握った。
思いがけない表情に、アフィンが驚く。

「なんだよ、笑えるんじゃないか」
「別に笑えないとは言ってないぞ」
「エリアルドさん美人だもんなー、そりゃリュードだって笑顔になるよな」
「何を言ってるのよ」

思わず、エコー顔負けに怒り顔になってアフィンを睨んでしまった。
慌てて身を引いて、頭を下げるアフィン。

「す、すいません」
「ふざけてないで、メディカルセンターに行くわよ。エコーは先に行ったから」
「はい!」

スタスタと歩き始めるエリに、慌てて二人が付いて行く。
流石に、大人気なかったかもしれないが。
こんな顔、誰にも見せられない。
リュードが微かに見せた笑顔に、エリはこの上なく動揺してしまっていた。
戦闘時に見た凶悪な笑みが嘘のような、穏やかな顔。
混乱し、振り返ることが出来ない。
どっちが本当のリュードなのか。
心の奥底で騒ぐ感情を必死に押し殺しながら、エリはロビーを歩き続けた。



服を着て立ったまま、全身のスキャンが出来る円筒形の装置にエリは閉じ込められていた。
スキャニングする為に上下する機器が、目を閉じていても光を発しているのがわかる。
看護士のローラが、モニターを見つつマイクを通してエリに検査報告をする。

『ニューロン(神経細胞)の活動が異常に過敏になっているわね』
「そう?」
『ひょっとしてまた「探知」をしたんじゃないの?』

やはりデータは嘘をつかない。
諦めて、エリは頷いた。

「…ええ、ちょっとだけ」
『あれだけ控えてって言ってるのに…いくらフォトンの能力が高いからって、ブースターも使わずに探知能力なんか使ったら脳に負担がかかるって前にも言ったはずよ?』
「ごめんなさい。緊急だったのよ」
『だから、フォースになりなさいってあれほど言っているのに。エコーだって言っていたでしょ?フォースなら支給されるフォトンブースターも今とは比べ物にならないわ。貴女のその力はその為のものなのよ?ただでさえニューマンは…』
「それ以上言わないで」

厳しい口調のローラに、エリはうな垂れた。
チームの安全を守るために使った「ダーカーのフォトンを探知する能力」。
それは実は、エリ自身の命を縮める恐れのあるものだった。

判っている、判っているの。
だけど、どうしても守りたかった。

極端に疲れが出たのも、その為。
検査装置のロックが解除され、ようやくエリは解放される。
怒りの目をしたローラは、睨む様にエリを見た。

「全く、意地っ張りなんだからもう」
「ごめんなさい、もうしないから」

ずっとエリの体調を管理してきたローラだからこそ、厳しくあたるのだ。
ため息をついて、ローラはカルテを見る。

「とりあえず、 ソルアトマイザー(鎮静剤)を出しておくから飲んでおいて頂戴。明日になれば疲れは取れるはずよ」
「ありがとう。他の二人は?」
「ああ、あの二人なら全然問題ないわ。侵食の気配も全く無し。体調的には貴女が一番酷い状態よ」
「そうなのね」

ゆっくりと検査室を出ると、アフィンとリュードがそこに待っていた。
アフィンが心配げにエリの表情を窺うと、ローラがその目の前に立った。

「貴方達ね?新しいエリのチームの人たちは」
「え、あ、はい」
「新人とは言っても正規アークスになったんだから、エリに必要以上に頼らないようにね」
「え…」

あまりの剣幕に、アフィンは呆然とするばかり。
食って掛かるように指を刺しているローラをなだめる様に、エリは二人の間に割って入った。

「そのくらいにしてあげて。まだ新人なんだから。…さあ、行きましょ」

まだ何か言い足りなさそうなローラから逃げるように、エリはメディカルセンターを出る。
慌ててアフィン達が後に続いた。

「先輩、随分と検査にかかってましたけど、大丈夫なんですか?」
「うん、ありがとう。いつもの事だから。彼女心配性なのよ」
「看護士さんだもんな、心配してくれるっていいですよね」

そう言って歩き出そうとして。
三人の目の前に、ふいに誰かが立っている事に気付いた。

女の子?

透き通るような長い銀髪に、赤い瞳。
他の誰とも違う雰囲気で、じっとエリを見つめている。

誰?

一旦俯いて、その子はもう一度エリを見てから、小さな声で呟いた。

「…エリアルド」
「?!」

エリは突然名指しされ、呆然となった。
何?

「マトイちゃん!」

看護士のフィリアが、後を追うように駆けてきた。

「また、マトイちゃん勝手に…!」
「…あっ…」

マトイと呼ばれた少女はまるでフィリアから逃げるように、エリの背中に隠れようとする。
その時初めて、アフィンに気付いたようだ。

「君は、昨日の?」

アフィンがそう語りかけると、びっくりしたように彼を見てから。
少女は、今度はリュードの背後へ隠れるように逃げた。

「ごめんなさい、昨日ナベリウスからそちらのリュードさん達に救助されて来た子なんです」

そう言えば、昨日女の子を助けたと聞いた。
それがこの子?
おびえた瞳。
救いを求めるように、エリやリュードを交互に見る。

「…エリアルドさんも名前をマトイちゃんに教えたんですか?」
「教えるも何も、私はこの子と初対面…」

私はこの子を知らない。
なのに、何故この子は私を知っているの?

「不思議ですね…昨日も、リュードさんの名前を言い当てていたんです」

困惑したように、背後に隠れている少女を見ているリュード。
彼の名前も?
リュードの背後から、今はじっとエリを見つめている。

「この子、私とは殆ど会話しないんですよ…だから、貴女に自分から声をかけたのに驚いていて」
「どうも俺も嫌われちゃったみたいな感じ」

アフィンが少しふてくされて、一歩マトイから離れる。
不思議な少女。
まるで、心を透かされているような瞳をしている。
エリはマトイに歩み寄り、腰を落として視線を合わせた。

「ねえ、何故私の名前を?」
「聞こえたの…頭の中に」
「何故か判る?」
「…わからない…でも…」
「?」
「カギ…リュードも…エリアルドも…カギを持ってる…」
「カギ?」

何の事だろう?
だが、何度も俯き、それでもエリに必死に何かを訴えようとしている事は判った。

「…凄く怖い感じ…エリアルドも…リュードも…気をつけて…」

右手でエリの手を。
左手でリュードの手を握り。
何度もお互いの顔を見ながら、マトイは呟いた。

怖い感じ?
何故、私と彼なの?
何もかもが唐突で判らなすぎて、エリはじっとマトイを見つめる事しか出来なかった。




(3)へ

Pagination

Trackback

Trackback URL

http://grturbo.blog7.fc2.com/tb.php/14-ebfaf514

Comment

Post Your Comment

コメント登録フォーム
公開設定