PSO2二次創作小説「刻の爪痕」(8)

2ヶ月あけてしまった(汗)



この小説は、ファンタシースターオンライン2(PSO2)のストーリーを元にした二次創作小説です。
オリジナル要素も含まれますのでご注意ください。
ゲーム内「マターボード」を進められている方でなければ、ネタバレ状態になることをご承知下さい。

注意:初めての方はまずこちら↓
PSO2二次創作小説「Black Dream」~黒い夢~

PSO2二次創作小説「時の輪」(Ep1該当)

PSO2二次創作小説「刻の爪痕」(Ep2該当)
プロローグ
(1) (2) (3) (4) (5) (6) (7)
(8)



視界の殆どが四角い石で埋め尽くされたその場所。
パズルのように入り組み、要所要所で龍族達が門番のように守っている。
龍族達はこの場所を「祭壇」と呼んでいるらしい。
そんな場所へアークスが足を踏み入れられるようになった事は、アークスが一定の信頼を得た証でもある。
何処までも深い蒼。
両手を広げた程の大きさの、驚くほど正確に正立方体として切り出された碧い翡翠。
表面には細かい象形文字のような文様が刻まれ、空中に漂って淡く輝いているものさえある。

「…はるか昔、コの一族の中で犯罪を犯した者がこの『竜角翡翠』という石に封じられて炎獄の地上に堕とされた」
「竜角翡翠…?」

アークスであり科学者でもあるアキが、その清浄な空気の満ちた広場のような場所で立ち止まる。
後を付いてきていたエリが足を止めると、アキが振り返った。

「今我々の目の前に有る、青い石がそうだよ。ロの一族の卓越した技術だとか。そして、地上に堕とされた罪人の末裔がヒの一族だとも言っていた」
「コの一族がヒの一族を見下してるのって、ひょっとしてそれが理由なの…?」
「…伝承だから本当の所は分からないが、そういうものは蔑ろには出来ないものだ」

数歩遅れて、リュードが二人に追い付く形で立ち止まる。
辺りを見回すが、それは。

「今日は助手を連れて来ていないんだな?」

ふと、アキの表情が陰る。

「…ライト君か。彼は助手をやめたよ」
「え?!」

エリが驚きを隠さずにいると、アキは困ったように笑って視線を外した。

「私にはもう価値が無いと判断したんじゃないかな」
「…どういう事だ?」
「好奇心は時として、残酷な真実を突き付けられるものだとつくづく思い知った」

アキはしばらく、視線を泳がせる。
そして、エリを見、それからリュードを見た。
その顔に浮かぶのは迷いと、懺悔。

「悪いとは思ったが、君達の事を調べさせて貰った。そして知ったんだ…君達も我々の『被害者』だという事を」
「私達の事を…?」

エリが困惑してそう問いかけるのと同時に、リュードの目尻が僅かに釣り上がる。

「我々…と言ったな」
「君達が『造龍』の事を知りたいと連絡して来た時に、来るべき時が来たのだと思った」
「造龍と貴女に…何の関係が?」
「…私は…虚空機関に所属していたんだ。そしてライト君は私の監視役だったのさ」
「!!!!」

研究部の一部―虚空機関による非道な実験の数々。
それをその存在で体現しているリュードにとって、彼女の言葉は到底看過出来ず。
今までのそれとは違う、刺すような視線でアキを見る。

「成る程な」
「最も、私は龍族専門だったのでね。君達の事は知らなかった。…なんて、言い訳にしかならないな」
「……」

例えようもなく重苦しい沈黙。
アキはもう一度視線を、近くに浮かぶ竜角翡翠に投げる。

「虚空機関。オラクルの行政を始め、軍部、アークス、研究部など全ての組織を裏で繋ぎ、それを牛耳る組織。その組織の末端に私が居た理由。…若かったんだ。実績が欲しかった。元より興味のあった龍族の身体を研究し、より強い肉体を、より強い存在をと…」
「龍族を使って…実験をしたというの…?」
「非道な実験も、アークスの為、未来の為と信じていた…」

リュードの内に、言い知れない感情が渦巻く。
言葉にならない怒りが湧き上がったその瞬間。
アキの懺悔を打ち消すかのように、空気が割れるような音がした。

「―科学者、研究者はいつもそう。私達モルモットには何の慰めにもならない言い訳をする」

リュードの心を代弁するかのように。
その場に、その身を刃で覆うような武器を持った少女が忽然と現れたのだ。
エリとアキは咄嗟に身構えるが、リュードは僅かに目を細めただけ。
やはり、気付いていたのだろう。

「…君は…!」
「お久しぶりね、アキ教授。この人達を監視していて貴女に出会うとは思わなかったわ」

あの展望台での姿とはおおよそ似つかない、殺意の塊の少女に。
エリが一歩歩み寄ろうとして。

「クーナちゃん…」
「今の私をその名で呼ばないで下さい。私は只の始末屋です」

クーナは腕に仕込んだ刃をエリに突き付け、言い放った。
エリは立ち止まり、困惑したようにクーナを見つめる。
一方アキは、悟ったように笑みを浮かべた。

「彼らが造龍の事を知りたいと言っていたのでね。…ちょうど、最後の造龍がここに居るという情報も得た」
「え…?」

初耳だ。
造龍がここに居る?
その言葉に、誰よりも動揺したのは。

「…ハドレッドが、ここに!?」
「そうだったな、君はハドレッドの同調者だった…」
「同調者?」

エリはアキとクーナを交互に見る。
僅かに体を震わせるクーナに目を細めるアキ。

「造龍計画…龍族とダーカーを掛けあわせ、強靭な肉体を持った『ダーカーを食らう存在』を作り上げる。そして、同調者として生み出された実験体を共に育成する…君ならその意味が分かるだろう?」

リュードへ向けられたその視線は、彼の生い立ちを知るからこそ。
それまで傍観していたリュードの表情が消えた。
『ダーク・ラグネ』との度重なる地獄のような同調実験で、リュードは数え切れない程の多くの命を手に掛けた。
この少女が、同じような目に合っていたと言うのだろうか。
そんなリュードの感情を他所に、アキは言葉を紡ぎ続ける。

「私の研究成果を利用してそんな実験が行われていると知った時は愕然としたよ。私は実験の情報開示を求めた。総長を問い詰めもした。だが、全ては無駄だった。遅かった。そして私は…逃げ出した。逃げる事しか、出来なかった」

今、アキが行っている龍族に対する行動は、贖罪。
あれほどまで、龍族の種の存続に拘った理由。
そう思うと、腑に落ちる。
クーナは呆れたように、アキを見据えた。

「今更よ。ハドレッドすら、私を裏切って私の下を去ったのに」
「ハドレッドが、裏切った?」

今度は、リュードが問う。
酷く冷めた笑顔で、クーナはリュードを見た。

「そう。この女だけじゃない。虚空機関で始末屋としてしか生きられない私を見捨ててハドレッドは逃げたんです。だから私が殺すために差し向けられた。酷い皮肉。…まあ、貴方が私と同じような境遇だったのは予想外でしたが。監視しろと言われるのも無理はありませんね」
「…だから、同情しろと?」
「いいえ。邪魔をしないでと言いたいのです。解るのなら尚更、ハドレッドを殺す邪魔をしないで下さい」
「邪魔をするつもりは無いが、本当にそれでいいのか?」
「どういう意味です?」

初めてハドレッドと遭遇した時。
あの時のハドレッドは、そんな非道をするような存在には感じなかった。
むしろ、理由があって姿を消そうとしている。そう見えたのだ。
それでも姿を見せてしまうのは、彼女を心配するが故だったのではないのか。
アキはふと、竜角翡翠に手を触れたままじっと考えこんだ。

「確か…ライト君が言っていた」
「だから今更だと…」

遮ろうとするクーナだったが。
彼女に向けたアキの視線は有無を言わせぬ強いもの。

「この間、まだ早いと言われていた人体へのダーカー因子移植が行われる事になったらしいのだが、造龍の1体が用意されていたダーカー因子を全て捕食して暴走、脱走したらしい。脱走過程で隔離されていた建物を破壊したせいで、その場にいた造龍全てが逃げ出したようだがね」
「あ…!少し前にニュースになっていたのってその事…?!」

エリの言葉に、アキが頷く。
初めてハドレッドに出会った時に、ネットワークニュースで流れていた事を思い出す。
そしてその事実は、目の前に居る始末屋の少女を愕然とさせるものだった。

「…人体への…ダーカー因子移植…?!?!?」
「そうとも。ライト君の話では、まるでその被験体の少女を守るような行動だったと聞いている」
「そ…そんな…嘘よ…!!!だってハドレッドが裏切ったと…」

混乱したように、必死に首を振るクーナ。
リュードは冷ややかに、クーナを見る。

「誰が、それを言った?」
「総長…私に命令出来るのは…あの男…」
「…ルーサーか。奴が言いそうな事だ」

ルーサー。
虚空機関の総長。
人ならざる気配を持った、あの男。
この少女一人、虚言で騙す事など容易いと思っているに違いない。
クーナの怒りは、アキより更に遠いところにいるその男へと向けられた。

「私達の運命を狂わせた…あの男…どこまで私を馬鹿にすれば気が済むの…!」
「…とはいえ、私の罪は消える事はない。そして…ハドレッドの命が消えるのを止める事も…」

アキの呟きに、クーナは我に返った。

「命が…消える?」
「私が懇意にしている龍族…レラ君の話では、もはや自分で飛ぶ事はおろか、歩く事さえ出来ないらしい」
「なん…ですって…!?」

クーナの顔が蒼白になった。
それは、かけがえのない存在を失うかもしれない恐怖からのもの。
リュードは勿論、エリにもそれは痛いほど伝わった。

「何処?!ハドレッドは何処に?!」
「…」

アキは、黙って遥か彼方を指した。
僅かに開けたその指先が示す場所には、不可思議な球体が浮かんでいる。
矢も盾も堪らず、クーナは弾かれたようにその場所へと駈け出した。

「…ハドレッドを看取れと龍族から言われた時に、君達から連絡があり…そして彼女を引き合わせた。これを偶然と呼ぶには神がかり過ぎているね」
「偶然も重なれば必然よ。そういうものじゃないかしら」

小さくため息を付いて苦笑するアキに、エリがそう言って頷く。
身を隠す事もせず走っていくクーナの背中。
アキは頷き返した後、彼女を追うように走りだした。
エリもそれに続く。
リュードはふと、遥か彼方に浮かぶ球体へ視線を投げる。

「造られた龍も、テリオトーへ誘われるんだろうか…?」

そうでなければ、あまりにも報われない。
何故あの時、自分を攻撃しなかったのか。
何故あの時、自分に従ったのか。
ハドレッドの心を理解できる自分と、同時に何も出来ない自分を悟り。
静かに首を振ってから、リュードは走りだす。



それは、竜角翡翠を使った巨大な建造物。
近くに寄ると、それは途方も無く大きな球体だった。
青黒く鈍く光の帯が表面を走り、僅かずつではあるが横に回転している。
彼らが近づくと、翡翠がパズルのように入れ替わり、入り口が現れた。

「…!!!」

大きな、骨のような巨体が、中央に力なく横たわっていた。
青白いその体は、以前のような威圧感は既に無く。
もはや、声すら出せない程に衰弱しているのは明らか。

「ハドレッド!!!!」

クーナがなりふり構わず駆け寄り、その大きな顔へ手を触れると。
ハドレッドはようやく、大きな目を僅かに開いた。

「……」
「…はい、そうですね…うん、わかります…家族みたいに育って来た私達ですから、貴方が喋れないのが分ってても、私には解るんです…」

それは、姉が弟に言い聞かせるように。
今までの思いを吐き出すように、ハドレッドに語り続ける。
言葉もなく立ち尽くすリュードとエリの隣に、アキが立つ。

「…この造龍は、暴走した時から過剰にダーカーを摂取し過ぎた。アークスによる度重なる討伐での傷も直せない程に」
「それは、侵食とは違うの…?」

エリの疑問に、アキはリュードへと視線を投げて。

「DNAにダーカー因子を刻まれた者は、そういう状態になると侵食ではなくダーカーと『同調』していく。そしていずれ、ダーカーと同じ存在になる」
「……!」
「だからこそ、人に行うには早過ぎると判断していた。それを強行したのは総長だ。成功例が出来た、そう言ってね」
「酷い…」

俺の事か。
幾度と無く、身に覚えがある。
エルダーの「声」に惑わされ、意識が飲まれそうになった自分を。
ぎり、とその両手を拳にするリュード。
エリはその拳に黙って手を添える。
怒りに吸い込まれそうになる己を引き戻すのは、いつもエリの手だった。
リュードの様子に気付いてか、アキは視線をハドレッドへと戻す。

「酷いのは私達さ。分かっていて逆らえなかった。それどころか、喜々として研究に協力した者も多かった。だからこそ…私は逃げるしか出来なかった」

リュードはその言葉に、虚無感を覚える。
己に刻まれた数多くの傷が示すもの。
目の前に横たわる虚空機関の暴挙の証。
人間の愚かさの証。
一番恐ろしいのはダーカーでも何でもない、人なのだと。

「私達、仲は良かったですよね。いつも一緒で、足りない部分を補い合って、ずっと…」

何処までも清浄なその場所に、クーナの声が静かに広がる。
その表情が、始末屋でも、アイドルでもなく、ただの一人の少女のものに変わっていく。

「…ま、あたしはあんたなしでもこの通りしっかりやれるから、心配しなくていいよ。だから…もう、終わりにしよう?」

す、と。
クーナは立ち上がる。
涙を拭こうともせず、武器を構えて。

「お姉ちゃんが、終わりにしてあげるから。始末屋らしく、穏やかに安らかに送ってあげるから…」
「…クーナちゃ…!」

思わず前に出ようとしたエリ。
だが、その腕をリュードが掴んだ。
驚いて振り返ると、リュードは静かに首を振る。

「…俺達が出る幕じゃない」
「でも…!」
「俺達に出来るのは、見届ける事だ」
「そうです、あなた達はそこで見ていて下さい。記録は始末され、どこにも残されないからこそ……その目に焼き付けて欲しい」

背を向けたまま、クーナは毅然と武器を構え。
そして、こう言い放った。



「我が名は六芒均衡、零のクーナ。これより目標を『始末』します」



それは、その場に居た全ての者を驚愕させる。
六芒均衡の零…?!
一切表には出ない、7番目の存在。
それ自体が「アークスの矛盾」を表す存在。
六芒均衡の紋章がハドレッドとクーナの間に浮かび上がり、消えると同時に。
一つの言葉が、その場所へ残った。

『もう…一度…あの歌を…』

リュードには、そう聞こえた。
歌…?

「…馬鹿ね、私の歌が聞きたいなら、いつでも歌ってあげるわよ…」

ハドレッドが事切れると同時に、その場にあった竜角翡翠がハドレッドの巨体を覆うように集まり始めた。
それを見つめながら、クーナは静かに、歌い出す。


  ありがとう 聞こえていますか?
  私の歌が 私の欠片が
  心澄ませば ちゃんと聞こえるよ
  あなたのたったひとつの言葉が リクエストが

  大好き 届いていますか?
  私の声が 私の想いが
  もう一度じゃなく 何度も応えよう
  唇に微笑み乗せて
  動くよ 今ここから


クーナの調べに乗せてそれは次第に大きく、大きくなり。
球体の上半分がなくなり、アムドゥスキアの青空が見える程になる頃に、その巨大な「棺」はゆっくりと浮かび始め。
そのまま、静かに消えていった。



「…ハドレッドの始末完了報告は問題なく受理されました」

事務的に、冷静に。
だがその表情は裏腹に、ぐしゃぐしゃになって。
クーナは笑った。

「ありがとう。ハドレッドを一緒に送ってくれて。一方的に押しかけて殺そうとまでしたのに…」
「…俺達は何もしてないさ」
「クーナちゃん、お疲れ様」

歳相応の、困ったような笑顔に。
少しだけ安堵したように、リュードは笑った。
エリも、クーナの様子にホッとした表情を見せる。

「君自身が望んでやってた訳じゃない事は分かっていたからな」
「…この恩は、貴方達が忘れても私は絶対に忘れませんから」

そう言って、いつもの「始末屋」に戻ろうとしたその時だった。

『かの悲しき龍の縁者が、貴方達である事に驚きを禁じ得ない』

優しい声が、その場に響き渡った。
それと同時に、開放されたその場に「力場」を感じる。
竜角翡翠が幾つも浮かび上がり、幾何学的に結合し。
その中心に、暖かい光が。

「…この声は……そうか、これがレラ君の仕える老龍族……」
『久しいな、リュード。そしてエリアルド』

そうか、この場を用意したのは。
リュードはエリと視線を合わせて頷きあい、もう一度その光を見る。
その場に居る全ての者を抱擁するような、温かい光だった。
アキは驚きと喜びの入り混じった表情でそれを見る。

「…ようやく会うことが出来た…老龍族、龍族の長たる、ロのカミツ…」
「これが…?」

クーナは驚きのあまり、身動きすら取れずにいる。

『アキ…貴女の事はコのレラより聞いている。彼女が世話になっているようだ』
「いや…私は…」
『あの子は若く、鮮烈な光。どうかこれからも、傍らでその生き方を見守って欲しい』

そう言われ、アキは我に返る。
何故ここへ来たのか、何故自分はこの場に居るのか。

「私は…貴方達龍族に対して酷い事をし続けてきた。謝罪してもし足りない程に。どんな処罰も受ける。だから…!」

そうか。
アキはこの為に、カミツを探していたのか。
リュードはようやく、その意図を理解した。
自分達にその罪を曝け出したのは、その生命をかけて龍族への償いをする為。
しかし、カミツは静かに笑った。

『…龍は死なない。その魂は輪廻し、新たな肉体を経て空へと飛び立っていく。この場は、その魂の集う場所。貴女が、我らへの所業について気にすることはない』
「しかし!!!」
『過去に囚われず、光を見て前に進む事。…貴女に望むのはそれだけ』

まるで、母のようだった。
心に響くその声に、アキはもはや立ち尽くすしかない。

「…参ったな。全て見透かされてるなら、反論の余地もないじゃないか…」

カミツの言葉に、クーナがおもわず声を上げた。

「あの…!ロのカミツ!質問があります!」
『貴女は…』
「龍は死なないと、今仰りましたね?では…人の手によって造られた龍もまた、死なないのでしょうか?」

一縷の望みをかけた、クーナの言葉。
だが、カミツの声は僅かに沈んだ。

『…かの悲しき龍の縁ある存在の娘よ、たしかに龍は死なない。意識はこの星の内に流れ、輪廻転生を繰り返す。…だが、作られし龍はその意識を感じる事も出来ない』
「そ…そう…ですか…」

無情なまでの現実に、クーナは目を伏せる。
だが、続いて紡がれた言葉はどこまでも優しかった。

『しかし、かの哀しき龍は最後に真の安寧を得た。別れを悲しむでなく、出会えた事を喜ぶべきだ。かの龍の想いを、忘れぬように…』
「…!…はい…!」

その顔には、既に涙はなく。
毅然と、前を見る少女がそこにいた。
クーナの視線はそのまま、見守っていた3人へ。

「では、私はこの辺で」
「いいのか…?私を見逃して。君達が苦しむ原因を作ったんだぞ。抵抗はしない…」

アキのその言葉にあったのは、自分の死を持って責任を取ろうとする者の感情。
その発言に、クーナが口を開いた時。
思いがけない人物が怒りの声を上げた。

「呆れたな、死のうとでも思ってたのか。ふざけるなよ?」
「…リュード?」

エリが止める間もなく、リュードはアキの襟首を掴みあげ。
顔を強引に自分の方へ向けた。
この上なく静かな怒り。

「お前たち研究者はいつもそうだ。数値だけで答えを知った気になる」
「く…」
「目を逸らすなよ?俺達実験体から目を逸らすな」
「……!」
「俺やエリ、クーナやハドレッド、実験体にされた者達は『アークスの未来』なんてものの為に好き勝手に弄られた」
「判っている、それが虚言だという事は…」
「でもな、俺達は生きてる。ハドレッドも、犠牲になって死んでいった者達も皆生きてたんだ。それを勝手に無かった事にするんじゃない。研究者であるお前に許されてるのは前に進む事、それだけだ」

今まで、耐えに耐え続けて来た怒りが飽和したのだろう。
クーナが圧倒される程の、感情の渦。
アキはその怒りを受け止め、ようやく悟る。

「…そう、そうだね…。識るために動く、それが研究者の行動原理だ。何が起きるか見届けずに去るなんて、無責任にも程があったよ」
「分かったなら二度とあんな言葉を口にするな」
「ああ」

どん、と突き放すように手を離し、リュードはアキに背を向けた。
宥めるように、エリがリュードに駆け寄る。
それを見届けると、クーナは満足したように笑って姿を消した。



「ようやく、厄介者がいなくなったわね」
「?」
「あたしの言いたかった事全部言ってくれてありがとね、リュード」

全員がその声の方向に振り向くと、そこに居たのは黒髪の少女。
エリが思わず目を見開いた。

「貴女は…サラちゃん」
「ちゃん呼ばわりやめてよね。エリアルド。一応これでも16よ?」
「そう?可愛いのに」
「やめてったら!」

場の空気を一変させるように、サラがぷんぷんと怒りながら歩み寄ってくる。
怒りをようやく収め、リュードが向き直る。

「何故君がここに?」
「それは、カミツ様が教えてくれるわ。その前に…」

そっけなく応えるサラ。その視線は、アキへ。
それに気付き、アキは肩を竦める。

「…どうやら、私が邪魔者のようだね」
「その通りよ、自分勝手な研究者さん」
「手厳しい。大人しく退散するよ」

テレパイプを投げてから、アキはリュードとエリに向き直る。

「ありがとう、二人共。この借りはいずれ必ず」
「…期待しないで待ってるさ」
「それでは」

アキが姿を消し、残ったのはリュードとエリ、そしてサラとカミツ。
それを確認したように、カミツは呟いた。

『…シャオ』
『ありがとう、カミツ。こんな場まで用意してもらって』
『気にすることはない。恩には恩、それが龍の礼儀。ではまたいずれ』

カミツの声と共に、一番高いところにあった竜角翡翠の上に忽然と姿を表した者がいる。
カミツの輝きが消え去ると。
翡翠にちょこんと座り、笑顔で三人を見下ろしている少年が居た。

「あんたね、趣味悪いわよ。覗き見なんて」
『酷いねぇ、サラ。君は僕の縁者だろ?』
「おかげで頭の中筒抜けじゃない、プライバシーもクソもないわ。いいからさっさと説明しなさいよ」

少年のような。それでいて人とはかけ離れた気配を持つ者。
その体は透き通り、水のような、宇宙のような何かが浮き上がる。
その神秘的な存在に、エリは思わず一歩前へ出た。

「貴方は…?」

エリの問いに、少しだけ気取ってふわりと浮かび上がり。
恭しく礼をする少年のような存在。

『初めましてだね、エリアルド。そしてリュード。僕はシャオ。シオンがいつも世話になってるね』
「シオン…ですって?」
『うん。僕は…そうだな、分かりやすく言うと、シオンの弟みたいなものだよ。そして、彼女の開放を目的としてる』
「弟…?開放?」

言われてみれば、その存在自体がとても「あやふや」に感じる。
かと言って、シオンのように外界を遮断しているようにも見えず。

『来てくれてありがとう。ルーサーに気付かれる恐れもあったから、こんな形しか取れなかった。あの二人にも聞かれるとちょっと困るしね』
「ハドレッドをダシにしたって事か?」
『気を悪くしたなら申し訳ないと思う。カミツや他の龍族にも迷惑かけちゃったし…でも』

ゆっくりと、リュード達の視線の高さにまで舞い降りてきたシャオは、リュードの眼前で静止し。
じっと、リュードを見据えた。

『ようやく、会えた。シオンが見初めた貴方達…特に君に』
「…俺?」

まるで、リュードを見定めるように視線を動かさない。
シオンだけではなく、このシャオまで、己に何を求めているのか。
疑問符の浮かぶリュードの顔に、シャオは頷いた。

『そうだよね、分からないと思う』
「分からない事だらけでな」
『気付いてるかも知れないけど、今のアークス、いやオラクルの形はとてもまずいんだ。全てにおいて、ルーサーの傀儡に等しい状態になってる』
「…だろうな」

虚空機関がオラクルを裏側で操っているのは先刻承知。
だがそれが何故?

『それでも、ぎりぎり組織の形を保てているのは、ルーサーがシオンの事を完全に理解出来ていないから。オラクルを掌握し切れていないんだよ』
「…???シオンを理解する事が、オラクルを掌握する事になる…?」
『彼女が解り難い言葉を紡ぐのは、ルーサーに理解させない為だったんだ』

思い出す。
普通の人間では到底しないような、難解な言い回しをするシオン。
いや、しかし。

『…気付いたみたいだね。最近の彼女の言葉は少しずつ、意味が通るようになってきてしまっているんだ。―彼女が、人間に近づいてきているから』
「人間に、近づいてきている…って…どういうこと?」
『彼女の存在は、このオラクルそのものの存続に関わるものなんだよ。それを、ルーサーが理解し始めている。だからあまり、時間の猶予が無いんだ』
「…良くは分からんが、シオンがルーサーに理解されたら、オラクルそのものが存続出来なくなる、そういう事か」
『流石だね、飲み込みが早くて助かるよ。だから、僕も動くしそこのサラも動かす。だから貴方達も動いて欲しい。オラクルを、アークスという組織を正しい状態に戻すために』

にわかには信じられない話だったが、シオンの存在、そして目の前に居るシャオという存在。
シオンに選ばれたという自分自身。
それは紛れも無く、事実。
サラが大きくため息を付いてシャオにまゆをひそめる。

「ホント、嘘みたいな話よね。こいつは気に食わないし偉そうで思わせぶりでムカつくけど、言ってることは本当よ」
『…僕の精神はサラ、君との対話で成長したものなんだよ?君は自分に石を投げてるんだけど?』
「あんたを傷つけるためなら自分が傷付くのも厭わないのよ」
『見上げた自己犠牲精神だね…はー、また話が逸れちゃったよ、信憑性も薄れていっちゃうな』
「…誰のせいよ」
『少なくとも、リュードの責任で無い事は確かだね』

コントのような会話を経て、シャオはリュードに向き直る。

『まあ、いきなりこんな事を言われても信用は出来ないと思う。だから、一つ証拠を示させて欲しいんだ。僕達、そして君達になら「結末」を変えられる、という証拠をね』
「証拠…?」

言うなり、シャオの身体が輝き出した。
そしてそれは、ある「音」と共に収束し、リュードへと向かう。

「これは…あの時の…」

武器の欠片が己に語りかけてきた時と同じ音、そして輝き。
その輝きは遥かに小さかったが。
それはリュードの身の内へ吸い込まれるように消えた。

『僕の能力ではこれが精一杯。それから…』

もう一つ、別の輝きがシャオの掌から生み出され、それはエリへと。

「え…!?」
『ごめんね、これは保険のようなもの。君には少し大変な事をしてもらうかもしれない』
「…どういう事…?」
『それも言えないんだ、でも、必ず彼の力になる。それは間違いない』

戸惑っていたエリだが、その言葉にふと我に帰った。
リュードの力に成れるなら、どんな事だって受け入れる。

「死ぬ事以外なら、何でもするわ」
『当然だよ、君が死んで一番苦しむのは彼だものね。むしろこれは、君達を生かすための策だと考えて欲しい』
「ええ、分かったわ」
「…そう言われたら受け入れるしか無いだろうな」

すぅ、とエリの心臓のあたりへ、その光は消えた。
それはとても小さかったが、とても暖かかった。

『これでよし、と』

それを見届けて、リュードはシャオへと向き直る。

「それで?俺達は何をすればいい?」
『ナベリウス奥地、遺跡の指定ポイントに行って欲しい』
「遺跡の?」
『でもそれは「今」じゃない。かのダークファルス・エルダーが復活したあの時へ、だ』
「…回帰しろ…そういう事か?!」
『明日の正午、遺跡の入り口で待っていて欲しい。そこで、僕が君達の橋渡しをする』

それは、あのマターボードでしか成し得なかった事。
それはこの少年が、シオンと同等の力を持っている事の証明に他ならず。

『あの日あの時あの結末を、ばれないようにほんの少しだけ変えるんだ。あの直前、サラやマリアに会っただろう?あの場所が目標だよ』

んふふん、とサラが得意げに笑う。
それを見て、シャオは苦笑した。
だが、一つ問題がある。

「…俺達は知らないうちに『回帰』していた。それを意図的に行う事が出来るのか?」
『大丈夫、時間合わせは僕がやる。君達が今まで自然に受け入れて来た事を、今度は意識的に行うだけの話だよ』
「意識的に?」
『そこで君達は、歴史改変を行って欲しい。傍から見ればちっぽけだけど…それはとても大きな一歩になる改変をね』
「歴史を…変える…」

そこまで説明した時、ふとサラが端末を見てシャオへ視線を投げた。

「そろそろ時間よ」
『うん、分かったよサラ』

応えるように、ふわりと再びその身を空に浮かばせ。
シャオは笑顔で二人を見た。

『僕が喋れるのは今はここまで。信じる信じないは君達に任せるよ。…でも、信じてる。僕は君達を信じてる…』

木霊するように、声を残し。
シャオは泡のように消え去った。

「じゃ、あたしも失礼するわね。過去の私によろしく言って置いて?」

笑いながら、サラも走り去っていく。
残された二人。
思わずリュードは頭を掻いて、虚空を見た。

「…はー…話が大きくなりすぎてやしないか…」
「そうね、私もちょっと信じられないけど」
「…」

この胸の内に残る、光と熱。
それは間違いなく己に宿った「新たな力」。
それが何なのかは、まだ分からないが。

「まあ、なるようにしかならんか」
「私にも出来る事があるんだもの、頑張らなきゃ」
「程々に、な」

口ではそういうものの、リュードの表情は固い。
この先、いや過去に待ち受ける「試練」を考えようとすると、思考停止しそうになる。
今までは、シオンの導くがままに行ってきた行動を、意図的に。
自分の意志で。
今までとは比較にならない程の重圧。
見えぬ過去へと、二人は歩き出した。



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