Black dream~黒い夢~(4)

神と呼ばれた巨大な龍。
逃げ惑うヒトをあざ笑うように、炎を吐き、空を舞い、地に潜み。
そして、押しつぶそうとする。

「散開!!!」

エリの指示によって、一旦ばらばらに散らばった後。
巨龍の背後、死角にある位置の大きな岩陰に彼らは飛び込むように身を潜めた。
目標を見失い、彷徨うドラゴン。
あまりにも桁が違いすぎる。
途中で投げるように設置してきた小型のモニターカメラが、苛立つヴォル・ドラゴンを映し出していた。
障害物が多いのが幸いして、簡単には見つからないだろうが。
対策を早く考えなければ、時間の問題だろう。
先ほど通ってきた通路にも「隔壁」が見えた。
オペレータのブリギッタとの通信も途絶えたまま。
つまり、「戻る事すら出来ない」。
あちらこちらが焼け焦げた己のスーツを見ながら、アフィンが声を潜めて嘆いた。

「無理だよこんなの、死んじゃいますって…」
「くそ、こうなったら」
「駄目よ!」

大剣の柄を握り締めて飛び出そうとするゼノを、エリは必死に引き止めた。

「ヴォル・ドラゴンを攻撃したら、龍族との関係は今度こそ壊れてしまうわ」
「じゃあどうしろって言うんだ…!」

わからない。
考えている間にもヴォル・ドラゴンが「ヒト」を探して歩き回る「地響き」が聞こえる。
全員がエリを見つめる。
答えが出ない。
どうしたら、どうしたらいいの?

そしてもう一つ。
ダーカーを倒して、一度は落ち着いたはずの「首筋の違和感」がエリの心を乱す。
龍神の上、ダーカーまで?
焦るエリの視界に、唐突に「テレパイプ」の転送ループが現れた。
ゲートを通ってきた二人の人影は、目の前の光景に一瞬目を奪われたものの。
岩陰に潜むエリ達に直ぐに気付いた。
見つかる前に、早くこっちへ!
転がり込むように、二人は彼らの所へとたどり着く。

「貴女は!!」

「アキ」と名乗った科学者の女性。
この依頼をエリに任せた張本人が、息を切らせてエリを見る。

「遅くなって済まなかった、あなた方をトレースしていたのだが、途中で位置を拾えなくなってしまってね」
「アキさん、恐らくそれはあの『隔壁』のせいかと」

一緒にテレパイプで降りてきた助手のニューマンの男性が、彼らを足止めした「壁」に自らが持参した何かの探知機のようなものを向ける。
アキは頷いてその場に居る全員を見た。

「皆無事か?」
「今の所は。でもどうしていいか」
「映像ログを見せてくれないか」

エリは頷いて、左腕の端末から先ほどまでの「記録」をアキに見せる。

「ふむ、彼らは『カッシーナ』と言っている。カッシーナ、龍族に伝わる地獄龍だね。なるほどなるほど、殺すって事か」
「戦う事も出来るけれど、龍族にとっての神を手にかけるなんて…」
「あれが、本物のカッシーナ…つまり『ヴォル・ドラゴン』ならばね」
「…え?」

耳を疑った。
この大きさ、この威圧感。
これが「神の龍」ではない?

「言いたい事は判る。こんな巨大な龍が他にいるものかと。だが、今居るのがもしも本物の龍神だとして、これはどう説明する?」

アキはモニターに映し出されたヴォル・ドラゴンの頭部の静止画を全員に見せた。
その場に居たアークス全員が息を呑んだ。
二つ並ぶ大きな角の向かって右側、角と角の間の部分に、赤い見覚えのある「巨大な芽」があったのだ。

「侵食核!」
「そう。ヴォル・ドラゴンはダーカーによって侵食されている」
「そんな!?」

先ほどから感じる「ダーカーの気配」がまさか龍神からのものだったとは。
倒すしかないのか。
そんな事をしたら、龍族とヒトとの関係は最悪なものになる。

「龍族との関係は、一からやり直せばいい。時間をかければ、いつか判って貰えるだろう。だが、これをこのまま野放しにしておいて龍族自体が侵食されてしまったら、それこそこの星の危機だ」

一つ一つ言葉を選んで、アキは説得するようにエリに語る。
しかし。
そもそも、凶暴化した龍神を倒せるのかどうか。
アキは黙り込んでしまったエリを見据えた。

「ダーカーを完全に滅ぼせるのは、フォトンを扱えるアークスだけだ。つまり、ダーカーの侵食を止めるのもアークスにしか出来ない。あの状態を見ると、まだ龍神は完全には侵食されていない。完全に侵食される前に侵食核を取り除く事が出来れば…」
「まだ、望みはあると?」
「確証ではない…。だが、やってみる価値はある」

エリは、その場に居た全員の顔を見る。
決して、諦めては居ない。
瞳がそう言っていた。



「…そうね。このままにはしておけないわね」

決心したように、エリは頷いた。

「…判ったわ。戦いましょう」
「そうこなくちゃ!」
「ようっし!」
「お、オレも頑張ります」
「私も」

新人達がぶるぶると震えながら、エリを見て頷いた。
その様子を見て、エリは静かに首を横に振る。

「いいえ、貴方達はアキさんと一緒に帰還して」
「・・先輩!!」

呆然となるアフィン達に、エリは厳しい表情を向ける。

「まだまだ戦い慣れていない貴方達にとって、この状況は危険すぎるわ」
「そうそう、俺たちに任せとけば大丈夫だって」
「うん、そうね。ここはベテランに任せてちょうだい」

ゼノがふふん、と鼻で笑う。
エコーが同調するように勝気な笑みを浮かべると、アフィンはこの上なく不安げな表情で彼らを見た。
エリは諭すように、アフィンの手を取った。

「貴方達はこれからもっと強くなってアークスを支えなきゃならない。こんな所で潰されては困るの」
「けど…」
「そんな顔しないで。私達は犠牲になるつもりなんかない。必ず生きて帰るわ」

彼女が発した言葉は、そのままエリがまだ新人だった頃に「先輩」から受けた言葉。
今なら解る。
自分達ならこの状況を何とか出来る気がする、いやしなければならない。
そう思うからこその言葉。
エリがふっと笑みを浮かべると、アフィンは不安を拭い去れない表情のまま、頷いた。
それを見届けて、エリはアキに向き直る。

「彼らをお願い。私達が囮になるから、その隙にテレパイプへ」
「承知した」
「みんな、アキさんについて行ってね」
「は、はい」

新人達が緊張の面持ちで頷いた直後。
唐突に呟いた人物が居る。

「俺は残る」
「…え?」

発したのは、リュード。
その雰囲気は修羅場を乗り越えて来たゼノと大差なく。
鋭い視線をエリに向け、淡々と呟く。

「三人じゃ火力が足りない。とてもじゃないがあの龍は倒せない」
「そ、そんな事は」

狼狽するエリを尻目に、ゼノが肩をすくめる。

「まーな、あんたの腕があればかなり助かるね」
「ゼノ!」

ゼノはリュードを見て、ニヤリと笑みを浮かべた。

「新人じゃないよなあんた。どういう理由でルーキー扱いされてるかは知らんが、あんたの腕は間違いない」
「確かに、リュードさんが入ってくれるなら、私は補助と回復に専念できるわね」
「…エコーまで」
「あれだけ強いんだ、何の心配があるんだよ?」

戦って欲しくない。
そう言い掛けて、エリは口を噤んだ。
おおよそ今の状況にふさわしくない、リーダーの言葉だからだ。
冷静さを欠いたエリを、ゼノが訝しげに覗きこむ。

「どうしたんだよ、らしくねぇな。いつもみたいに『行くわよ』って俺達に号令しろって」
「生き残る選択をするなら、4人の方が確実よ?」
「そうね…そうよね」

唇を噛み、エリは一度目を閉じた。

今の状況を考えなさい。
個人的な感情を押し出せるほど余裕があるの?

彼がまたあの時のように「暴走」したら。
不安は拭えない。
ただ、彼らの言うのも最も。
ここは戦場。
自分に言い聞かせるように、エリは心の中で何度も何度も呟き。
心の揺らぎを「切り捨てた」。

「わかったわ。4人で行きましょう」

その顔は、幾度と無く死線を越えてきたハンター。
武器を掴み、構える。
ゼノ、エリ、そしてリュードも臨戦態勢を取った。

弾かれたように誰よりも早くエリは岩陰から飛び出し、クシャネビュラを派手に岩盤に叩きつける。
地響きの中に、甲高い金属音が溶岩だらけの岩場に響き渡った。

「どこを見てるの!私はここにいるわ!!!」

炎の龍は、小さな生き物の発した音に気付いた。
エリはテレパイプとは反対側の広いフロアへ素早く駆け抜け、龍神の気を一気に自分に向ける。
ヴォル・ドラゴンがゆっくりとその長い首をエリへともたげたのを確認すると、それを合図にアキ達がテレパイプへと走りだした。
幸い、エリが「囮」だと気付いた様子は無い。

「相っ変わらずだなぁ、エリアルドのヤツ」

ゼノは頭を掻いて、苦笑いしてからエリを追うように岩場から駆け出した。
同じように飛び出そうとするリュードだったが。
唐突にエコーがそれを引き止めた。

「リュードさん」
「…?」

既に臨戦態勢に入っている仲間が居るのに、何故だ?
そう言いたげなリュードの顔に、エコーはらしからぬ真剣さで呟く。

「多分彼女…エリアルドは貴方を守ろうとしてるわ。まあ、彼女はいつでも『仲間』を守るために自分を盾にしちゃうような動きをするんだけどね。全部背負っちゃうタイプなのよ。…だからお願い、彼女を悲しませないで」

先日の試験の時の様子を一緒に見ていたエコー。
少なからず、あの「異常さ」を目の当たりにしていたからこそ、つい出た言葉。
エコーの言葉に、リュードは深く頷いた。

「…判った」
「約束よ?」

エリのリュードへの態度のおかしさは、以前から気付いていた。
それは、殆どといって良いほど異性に関心を示さなかった今までの彼女を知っているから。
きっと彼女にとって、この新人らしからぬヒューマーはただの存在ではない。
しかもこの男はそれに「気付いていない」。
だからこそ今彼に言っておかなければならないと、エコーはそんな気がしたのだ。



凶暴化した龍神は、溶岩の鎧を身にまとっていた。
真っ赤に焼けたマグマが飛び散る。
巨大な尾を振り回し、その脚で踏みつけようと狭い洞窟の中で舞い上がっては地響きを立てて着地する。

「脚を狙って!動きを止めないと!!」
「おう!」

どうにかして、あの頭の侵食核を取り除かなければ。
着地を狙い、ゼノとリュードはそれぞれの脚を攻撃する。
エコーは出来る限りの補助を、前衛三人に掛けてはいた。
彼らがほんの少しでもダメージを受けているようなら、即座に回復をした。
そんな中で、一際「危険な動き」をするハンターが居た。

エリアルド。

ヴォル・ドラゴンの視界正面に常にその身を置き、侵食核を狙うように己が出来る最大のジャンプ力を行使して「舞う」。
ワイヤードランスの攻撃範囲の広さが、彼女を助けていた。
彼女に向けて幾度と無く炎を吐くが、エリの身軽さには到底追いつかず。
苛立つように、突進すらしてくる時もあった。

「このやろおおおお!!」

舞い上がろうと力んだドラゴンの右脚元で、ゼノが大剣「クレイモア」ごと縦回転して斬り付けた。
力を失った龍神は、音を立ててその場に伏す。

「今よ!!!」

全員が侵食核へとその刃を向けた。
怒涛の攻撃が、侵食核へと注がれる。
見る見る真っ赤な「芽」が削ぎ落とされて行った。

しかし。

『…オノレ…!!!』

龍神が、喋った。
一瞬その響き渡った「声」に全員が躊躇すると。
直後に振るった尾に、全員が弾き飛ばされる。

「うおぁああっっ?!?!」

危うく地に叩きつけられそうになったゼノが受身を取った時に見たもの。
怒り狂ったヴォルドラゴンが、倒れ伏したエリに突進して行く姿。

「…エリアルドぉ!!!」

聞こえては居た。
しかし、身体が動かない。
自分に迫ってくる龍神が目に入った瞬間。
リュードが、エリの身体を抱えてヴォル・ドラゴンの前から飛び退った。
溶岩壁に激突する勢いで通り過ぎる巨龍を目で追いながら、リュードが呟く。

「動けるか」
「…大丈夫」

気丈に答えるエリだが、受身を取れなかったダメージは予想以上に大きかったらしい。
それでもふらりと立ち上がり、クシャネビュラを構える。
だが、それを遮る様にリュードが背を向けて立った。

「下がっていろ」
「いいえ、まだ戦えるわ」

振り返ったリュードの目は、エリに対しての怒りに満ちている。
その迫力に、エリはたじろいだ。

「下がれと言ってるんだ。いくら身軽だからといってもあんな戦い方をされたら迷惑だ」
「…!!」
「囮になるのは俺でいい」

そして、ゆっくりと振り返る龍神へ視線を戻した彼の顔にエリは恐怖する。
あの時と、同じだった。
薄ら笑いすら浮かべ、一瞬にしてドラゴンへと肉薄する。
エコーとゼノがようやく、エリの下へと走ってきた。

「大丈夫か!!」
「回復するわ」

しかし、詠唱しようとするエコーの手を掴み、エリは懇願した。

「エコー、ゼノ、お願い、彼を止めて!!」
「エリアルド?!」

あまりにも必死なエリに、二人は驚愕した。

「さもないと彼は龍神を殺してしまう!!!」
「…何だって?!」

彼らの視線の先に、巨龍の背に飛び乗って大剣を振るうリュードが居た。
フォトンの防壁が間に合わず、全身が溶岩の衣に焼かれている。
にも関わらず、背中の「角」をただひたすら滅多切りにし、振り落とされそうになるとギガッシュを龍の身体に突き立ててその身をえぐる。

「まるでバーサーカーだわ…」
「見境い無しかよ…エリアルドはこれを心配してたのか」

ようやくエコーがエリを回復すると。
考えるよりも早く彼女は飛び出していた。
二人の制止を振り切り、走る。
何としても阻止しなければ。

その背の「角」が音を立てて砕け散る。
轟音を立てて、ヴォル・ドラゴンは倒れ伏した。
直後、リュードはその身を躍らせ。
大剣の刃を垂直に構え、その全身の体重を乗せた。
狙うのは「額」。
これで終わりだ。

そう思った瞬間に、標的の前に何かが割り込んだ。
両手を広げ、龍神の額をかばう様に立ち尽くす、エリ。

「…!!」

すんでのところで、その刃は逸れた。
エリの右脇腹を掠め、偶然にも侵食核の中心を貫く。
その「人の肉を裂く感触」に、リュードは唐突に我に返った。

「あ…」
「殺しては、駄目なのよ」

蒼く輝くフォトンの刃に、エリの血が伝う。
侵食核に突き刺さった大剣の柄から、思わずリュードは手を離した。
リュードの表情が瞬く間に「己の行動への後悔」で埋まって行く。

「ようやく、自分を取り戻したみたいね」

痛みなどまるで意に介さないように、エリは笑う。
溶けるように「巨大な赤い芽」が消えていくと、ギガッシュが音を立てて溶岩の上に落ちた。
まるで時が止まったかのように、静寂が訪れる。

「す…済まない、俺は」
「気にしないで、貴方が元に戻れば…それで…いい…」

笑ったまま、エリはくず折れた。
記憶が途切れる寸前、エコーが叫びながら駆け寄ってきた事だけは、覚えている。




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