Black dream~黒い夢~(7)

遠くで鳴る警報音。
火災の為に起きている旋風に乗って届く爆音や射撃音。
アリーナに入った瞬間に、その全てが遮断された。
不気味なほどの静けさ。
二人の足音が、無人のロビーの中に響く。

「左から2、右から1、中央に3」
「了解」

指示を受けると同時に、的確に標的を駆逐していくリュード。
フォースになったエリには、ダーカーの出現を感知する事など造作も無い事だった。
エリの背後に沸いたダーカーなど、出現と同時に炎に包まれていた。
まるで、全身に目が付いているような感覚。
これがフォースの能力?
不思議な事に、それは「その場所」へ近づけば近づくほど鮮明になる。

恐怖よりも先に立つ探究心。
それともただの好奇心?
全てが彼女の足をそこへ向わせる。
迷いなく歩を進める彼女に、リュードはふと足を止めた。

「大丈夫か?」
「…え?」
「いや…いい」

自分の隣に居る女性の僅かな違和感。
自覚は無い様だった。
意志の固まりだった瞳から、時々光が失われる。
気のせいならばいいのだが。

彼自身の記憶の断片と符合する、市街地の荒れ果てた光景を見てから。
脳の片隅で、パズルがはまって行く様に少しずつ鮮明になる「過去」。
それは己に「この場所の危険」を知らせる。
しかし、止まるわけにはいかなかった。
アリーナ内部に続く、大きな転送装置の前に立つ。

「準備はいい?」
「いつでも」

エリが操作板に触れると、一気に視界が開けた。
アリーナの中央。
通常ならば観客は入り込めない筈の場所に、彼らは転送されていた。
周りを取り囲む電磁バリアに、緊急事態の文字が浮かび上がっている。

後ろ!?

理屈ではなかった。
全身が逆立つような気配に、リュードは振り返りざまクレイモアで防御の姿勢を取った。
エリが遅れて振り返り、呆然となる。

バチバチと音を立て、大剣の刃にどす黒い巨大な「鎌」が突き立っていた。
刃に注ぎ込まれるフォトンの輝きが増す。
一瞬でも遅れていたら。

「うううぅおおおおおっ!!!」

渾身の力でそれを弾き飛ばすと。
「それ」は高く舞い上がった。

「避けろ!!」

ミラージュエスケープで回避しながら、エリは焦燥した。
何故気付かなかったの?

それは、あまりの狂大さ故。
エリの鋭くなった「感覚」は、このあまりに凶悪な存在に耐え切れずに「麻痺」してしまったのだ。
地響きを立てて今まで二人が立っていた場所に落ちてきた黒い塊は、明確な敵意を持って二人を威嚇する。

「なに…これ?」

今まで見たことも無いような、巨大なダーカー。
黒く硬い甲羅状の組織に覆われた四つ足。
二本の巨大な鎌。
冠のような角を震わせ、昆虫に良く似た胴体から禍々しいフォトンを放出する。
エリはただ、その姿を呆然と見つめる事しか出来ずにいた。

「ダーク・ラグネだ」

リュードはクレイモアを正面に構え、「それ」を見据えたまま答えた。
己の記憶に符合する「敵」。
脳裏に湧き上がる「隠されたピース」。
しかし。
次々にフラッシュバックする記憶に翻弄され、意識が遠くなる。

「リュード!!」

叫び声に我に帰ると、ダーク・ラグネが吐き散らした赤黒いフォトンの弾丸が目の前にあった。
ガードすら間に合わない。
直後、エリがリュードを突き飛ばした。
一緒に地面を転がるように回避して、エリが顔を上げる。

「しっかりして!」
「すまん、助かった」
「何か思い出したの?」

立ち上がりながら、リュードは脳裏に舞い上がる霞を払うように頭を振り。
エリへ視線を送ってからもう一度、正面を見据える。

「俺はこいつと、戦った事がある」
「え?!」

間違いなく、自分はこの醜悪なダーカーと戦った事がある。
「仲間達」と共に。
だがまだ、はっきりしない。

「全部思い出すには、こいつを何とかしなきゃならんな」

ダーク・ラグネと、自分たちの間に誰かが居る事に気付いたのはその時だった。

「マトイちゃん!?」
「何だと?!」

巨大なダーカーの前に立っていたのは、マトイ。
やはり、見間違いではなかった。
小さな身体で、必死に叫ぶ。

「お願い、もうやめて!」

その様子に、エリは困惑した。
ダーク・ラグネに言っているの?

「帰って!!!お願いだからもうこれ以上…!!」

直後。
闇の蟲は、躊躇なく小さな少女をなぎ払うように鎌を振るった。

「!!」

エリ達の目の前で、声もなくマトイは吹き飛ばされた。
考えるより先に身体が動いた。
エリは必死にマトイへと駆け寄る。

「マトイちゃん!!!!」
「エリアル…ド」
「喋らないで」

力のないマトイの身体を抱き、レスタを唱える。
その間にも、ダーク・ラグネはじりじりと彼女達に近づいて来ている。
壁になるように、リュードがその間に飛び込んだ。
執拗に攻撃してくる鎌を弾いては斬りつける。

「早くその子を安全な場所に!!」

頷いてもう一度レスタを唱えたエリに、マトイが呟いた。

「ごめんなさい…私…止められなかった…」
「どうしてこんな事を?」
「私…あの子と同じだから…」

どういう事?
あの子とは、ダーク・ラグネの事?
一通りの回復処置を終えてから少女を抱えて、アリーナの壁際へ避難する。
緊急用のテレパイプを配置しようとするのだが、「道」が開かない。
どうして?!
とにかく、安静にさせなければ。
破壊された扉の影に少女の身体を横たえると、懇願するようにマトイはその腕を掴んだ。

「エリアルド…リュードと一緒に…逃げて…」
「そうは行かないわ、あれを何とかしないと」
「このままじゃ…二人とも…」

言葉が終わらないうちに、マトイの意識は途切れた。
守らなくては。
この子も、この街も。

必死に防戦するリュードに向けてローザクレインを飛ばし、回復すると。
リュードはダーク・ラグネから距離を取るように飛び退り、エリの下へと走る。

「あの子は?」
「大丈夫。何とか回復だけはしておいたわ」
「…あの頭の後ろに剥き出しになった奴の 核コアがあるんだ」

ゆらゆらと揺れる王冠の様な頭部を見据え、リュードが呟く。

「俺が奴の『手』を引き付ける。君は奴の死角からコアを叩いてくれ」
「分かったわ」

エリが最大値の 攻撃力増加(シフタ)と 防御力上昇(デバンド)を唱え、リュードが攻撃を再開しようとしたその時。
突然、闇の蟲が「吼えた」。
その声に呼応するように、広いフロア全体に湧き上がるダーカーの群れ。
足元に群がる黒い集団のせいで「親」に近寄れない。

「くそ!」

次々に襲い掛かるダーカーを繰り返し切り付けながら、更に「ダーク・ラグネ」の刃までをも捌く。
それはリュードに過負荷を強いた。

まずい、このままではまた。

ざらざらと自らの内側に湧き上がる「もう一人の自分」。
必死に、彼は抗う。



刹那、リュードを取巻いていたダーカーが一瞬にして燃え尽きた。
アリーナの床を埋め尽くしていたダーカーが燃え上がり、その炎は闇の巨蟲の脚を焼く。
ダーク・ラグネは奇声を上げてその炎から逃げ、壁を這い上がった。
灼熱の炎渦(ギ・フォイエ)。
しかし、その威力はとても「フォースになったばかりのもの」とは思えず。

渦の中心に居たエリに、リュードは驚愕した。
彼女自身が、燃えている。
いや、燃えている様に見えるのは「フォトン」の流れ。

「エリアルド!?」

叫び、駆け寄ろうとするが。
それは、エリの背後に舞い降りてきた「ダーク・ラグネ」に阻まれた。
その行動はまるで、「エリを守る」かのよう。
そしてまた闇の蟲は舞い上がり、壁にしがみ付く形で止まった。

エリの口元が歪む。
フォトンの流れがおかしい。
ダーク・ラグネから発せられる「禍々しいフォトン」がエリに吸い込まれて行く。

その瞬間、リュードは「ダークラグネ」の背後の遙か彼方の「宇宙」にそれを見た。
そこに鎮座する「マザーシップ」から立ち昇る巨大な影を。
記憶の破片が次第に集まっていく。

唐突に、エリの手元から氷の柱が己に向けて走る。
明確な「敵意」。

「!」

次々に襲うテクニックとダーカー、そして「ダークラグネ」の攻撃。
必死に逃げながら、リュードはエリを見た。

奴の「咆哮」には、一種の催眠効果がある。
それは「共鳴する資質」がある者に作用し、一瞬でその「意識」を闇へ閉じ込める。
ダーク・ラグネは「道」。
「大きな意思」が遙か彼方、今は不可侵となっている「マザーシップ」から流れ込み。
その「媒体」となる者の「心」を侵食して行く。

何故俺はそんな事を知っている?!
考えた時間だけ、回避行動が遅れた。
ダーカーを伝うように次々と 連鎖電撃(ギ・ゾンデ)が走り、リュードの身体を貫いた。

「がっ…!!」

一瞬膝が落ちる。
クレイモアを杖のように地に突き刺し、気力で耐えた。

「ふふふ」

敵味方など最早関係ないようだった。
ダーク・ラグネすら巻き込み、己の周りにある全ての物が標的になっている。
その表情は己の知る「エリアルド」ではなかった。
発せられる声こそエリではあったが、深い蒼だったその瞳が「侵食核」のように赤く輝いている。

間違いない。

襲い掛かる攻撃を全て弾くように凌ぎきった後、ダーク・ラグネと「エリ」に正対する。

「…思い出した」

受けた攻撃のせいなのか、それはわからない。
だが、記憶の中にあった血に濡れた己の手と、その先にあった光景が繋がる。
真っ直ぐにクレイモアを構えるその手が一瞬震えた。

「俺は、仲間を殺したんだな」

懺悔。
見開いたままの目から、一筋の涙が伝う。
それは闇の蟲を媒介として己を蝕んだ「意思」が引き起こした悲劇。

十年前、ダーク・ラグネを討伐するチームにいた一人の青年の心が侵食された。
チームメンバー全員の命と引き換えの「器」の覚醒。
我に帰った時に彼はその罪の重さに耐え切れず、自分自身を己の武器で刺し貫いた筈だった。
だが、死ぬ事すら許されずにそのままラボへと隔離された。
ヴォル・ドラゴンの言葉が重く圧し掛かる。

『愚かなるヒト』。

ずっと「監視」されて来た。
もう一度「器」として機能させるのを待っていたのだろう。

「記憶の操作」
「最後のマテリアル」
「フォトンを扱う者達、つまりアークス全てが実験体(モルモット)であり、媒体」
「資質を持つ物を選ぶために行われる『仕組まれた悲劇』」
「『神』の力を自分たちでコントロールする為の器」

次々に当時のラボで聞いた断片的な言葉が浮かぶ。
そもそも、この「緊急事態」そのものが「計算された上での出来事」。
自分が異様なまでに「アークス」に拘ったのも、全ては「植えつけられた記憶」。

そうか。
そういう事だったのか。

突然のダーカーの増加も。
アムドゥスキアでの龍族の行動も。
全ては「ヒト」が成した事。

本来ならば「自分」がダーク・ラグネと共に居たはずだ。
しかしどんな悪戯か、今そこに居るのは「エリアルド」。
彼女の破壊的に大きな「フォトンの力」を選んだのは、マザーシップに居る「巨大な意思」。
マザーシップが「不可侵」である理由も、納得が行く。
十年前の惨劇だけでは飽き足らず。
今も「奴ら」は自分たちに被害の及ばない場所から、「侵略OS」を通してこの状況を嬉々として見ているのだろう。

リュードはもう一度クレイモアの柄を握り締める。
死ぬわけにはいかない。
そして彼女に、自分と同じ罪を負わせる訳には行かない。
この巨大なダーカーを倒し。
彼女と「黒い意思との糸」を断ち切らねば。

贖罪。
それは絶望的な戦いだった。




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