Black dream~黒い夢~エピローグ

「この間はみっともない所見せちゃってすいませんでした…」

アークスカウンターを望むロビーの階段の隅で、アフィンが俯いたまま呟いた。

あれから数日が経ち、ようやく被害を受けたシップの復興作業が始まった。
十年前とは違い、シップそのものを投棄する事態にまでは陥らずに済んだらしい。
アークス内の騒然とした空気もようやく収まり、再び秩序の中へと戻っていった。
既に待機ロビーには人影も少ない。殆どのアークスが探索に出てしまったからだ。
中には、復興の手助けをする為にシップ4073へ自ら出向いている者も居る。

意気消沈したままのアフィンの傍らに立つエリの表情は複雑。
ただ、何とか力づけたいとは思っている。

「いつまでも終わった事をくよくよしないの。落ち込んでて先に進めるの?あなたも人を探す為にアークスになったんでしょ?」
「そ、それはそうですけど…相棒も実は凄いベテランだって聞いたし…俺一人置いてかれた感じで…」

エリの隣に立っているリュードを上目遣いで見て、もう一度溜息を付く。
リュードは苦笑した。

「誰だって最初はあるし似たようなもんだ、いきなり強くなろうって方が間違いだぞ」
「そうだけどさ!けど、やっぱ役に立ちたいしさ…」
「まだお前はそんな事を言っているのか」

唐突に、彼の背後から声がした。
アフィンは跳ねるように振り向く。

「じ…ジャン師匠!!」

白髪を後ろで乱雑に纏めた、厳つい初老の男性が立っている。
歩み寄ってくるジャンに、エリは首を傾げる。
師匠?
装備を見ると、確かにレンジャースーツ。それもかなり年季の入った物だ。
彼にとっては相当苦手な相手なのだろう、アフィンは思わずエリの後ろに身を隠した。

「あの…?」
「君らがアフィンのチームの方々のようだね、どうやら不肖の弟子が迷惑をかけているようだ。申し訳ない」
「あ、いえいえ」

礼儀正しく頭を下げるジャンに、エリは慌てて返すように会釈する。
だが、その直後にジャンはずかずかと歩み寄り、エリの後ろで息を潜めているアフィンの首を掴んだ。

「お前は!女性の後ろに隠れて恥ずかしいと思わんのか!」
「わぁあ!ごめんなさい師匠ー!!」

まるで親子のような会話。
ジャンは首を掴んだままアフィンを睨み据えて居る。

「大体お前はいつまで初心者気分で居るのだ、正規アークスになったならそれなりの心構えをもたんか!」
「でも師匠、俺だって」
「言い訳無用!私が一から性根をたたき直してやる、付いて来い!」
「で、でえええええええ?!」

付いて来いと言いながらアフィンをアークスカウンターに引っ張っていくジャンを、二人は茫然と見送るしか出来ない。
エリは肩をすくめて苦笑した。

「随分と凄いお師匠様なのね」
「いいんじゃないか?あのくらい強引でないとあいつの能力は引き出せないかもしれん」
「なんだか、ちょっと可哀想な感じもするけど」

くすくすと笑って、エリはアフィン達を見送る。



「さて、どうするかな」
「そうね、私達だけじゃ流石に探索には出られないし、エコー達に声掛けてみようかしら?」
「そうだなぁ」

何気なく、リュードが階段に腰を降ろすと。
その隣にすとんとエリが座った。
背中の真新しい戦略OSに目が行く。

「新しくなったのね?」
「総督が俺の能力に合わせた物を用意してくれたよ。流石にもうあんな状態に陥るのは御免だからな」
「良かった。非常時とは言っても思いっきり壊しちゃったから心配していたの」
「はは、あれは痛かったな」
「だからごめんなさいって言ってるでしょ」

冗談半分のリュードの言葉に、思わず怒ったように答えるエリ。
だが、リュードはふとエリから視線を外して俯く。

「謝るのは…俺のほうだろうな」
「え?」

唐突な謝罪に、エリは戸惑った。

「何のこと?」
「君の命を救う為とはいえ、俺の『時間』に君自身を巻き込んだ。すまないと思ってる」

事象の羅針盤(マターボード)が時を引き戻す度、エリも一緒に時を遡る事になる。
エリにとってどんなに大切な時間が過ぎていたとしても、時間を遡ればそれは全て「無かった事」になる。
彼女自身の記憶は残っているにもかかわらず、周りの人々にとってはそれは「これからの出来事」になるのだ。
それがどれだけの「心労」になるかを、リュードはその身をもって知っていた。
だからこそ出る、謝罪の言葉。
表情に影が浮かぶリュードに、エリは顔を曇らせた。
どうして、自分ばかりを責めるのか。

「巻き込んだ?本当にそう思ってるなら、何故マターボードを『使った』の?」

厳しい口調のエリ。

「私はあの時自分の意思で死を選んだ。それで良かった筈でしょ?少なくともあの時に『闇』は封じる事が出来たのだから」

相応の覚悟はしていたが、これほどとは。
沈黙が場を満たした。
重い空気が言葉を紡ぐ事を許さなかった。
だがしばらくして、エリ自身がぽつりと呟く。

「…ごめんなさい。自分を棚に上げて、言い過ぎたわ」

思いがけない言葉にリュードはエリに視線を戻した。
視線を逸らすように、エリはアークスカウンターの窓の彼方のキャンプシップを見る。

「他人(ひと)を遠ざけるのって簡単だけど、それは結局傷付けあうのが怖いだけ。他に方法が無かったとはいえ、『あの時』の私は貴方を傷つけるのが怖くて逃げたのよ。その事そのものが『貴方を傷つける』事にも気付かずに…本当に謝るのは私の方」

小さく息をして、エリは顔を背けた。
自分の顔を見られたく無かった。
それほど、自分の過ちを自覚していた。
冷静になれば判る事。だが、それを状況が許さない時に人は本質が現れる。
リュードは静かに首を振った。

「やめよう。これ以上言ってもお互いに辛いだけだ」
「そうね、そうよね…」

溢れそうになる感情を飲み込んで、ふとその目が厳しいものになる。

「それに、何も解決してないわ」

そう、何一つ終わっては居ない。むしろ、始まってすら居ない。
ヴォル・ドラゴンの言う『愚かなるヒト』も。
彼らを初めとするアークスそのものが実験体(モルモット)である事も。
マザーシップの「闇」もそのまま。
何一つ、変わっていないのだ。
あくまで『闇の阻止』という一つの事象を乗り越えたに過ぎないのだから。

「そうだな。いつか違う方法で必ず『力』を手に入れようとする筈だ」
「私達にしかそれを止められないって事よね。…でも」

不意に、エリの口調が変わった。

「色々言ったけど、結局私はね」

ぐっと、リュードの顔を覗き込む。
今までの「アークス」としてのエリではなく、一人の女性として。

小説の挿絵状態
「貴方の隣に立って、同じものを見て、同じ時間を生きる。それが出来る事が嬉しいだけなの」

これでもかと、エリは笑った。
驚いて一瞬身を引きかけるリュードだったが。
その言葉の意味に、我に帰った。

同じ?

過ちを繰り返さないとか「奴等」の行動を阻止するとか。
そんな言葉は後で付けたようなもの。
本当の理由はただ一つ。

ただもう一度、エリに会いたかった。

それだけだった。
ふ、とリュードは笑う。

「『俺達』が生き延びたのには意味がある、か」

お互いの意思が通じる事の、なんと心地よい事か。
時が止まったかの様に、お互いを見つめる。



「いい感じのところを悪いんだけどさぁ」

唐突に、割り込むように声がした。
弾かれるように、二人が振り返る。

「ちょ…っと、ゼノ!!」

ゼノがニヤニヤと笑いながら、階段の一番上の段に座っていた。
顔を真っ赤にして、エリが立ち上がる。

「いつからそこにいたのよ」
「さっきからねー。あ、会話は聞いてないぜ?俺だってそこまでヤボじゃねえよ、なあ旦那?」
「勘弁してくれ…」

思わず表情を隠すように頭を抱えるリュードが、ゼノは益々面白いらしい。
からかうように笑うゼノに、エリが怒りの表情で迫った。

「で、何なのよ?」
「そう怒るなって、新しい仕事が来るかも知れないんだから」

その一言に、二人は一瞬で真顔になる。
流石はアークスと言った所か。

「任務ね?」
「場所は何処だ?」
「ナベリウス。但し、極地だ」
「極地?」
「調査隊が、先日のダーカー大発生の原因を辿って行き着いたのが極地の永久凍土らしい」

永久凍土。
ナベリウスに、そんな場所が存在しているとは。
しかもそこにダーカー大発生の原因がある。
調査に向かっている人たちはきっと「ラボ」とは無関係。純粋に「原因」を探るためだろう。
それすらも「奴等」の手の内だとしたら。
エリとリュードはお互いに頷きあう。

「まだ初期調査に数日はかかるらしいが、そんなに間を空けずに俺たちにも要請が掛かると思うぜ。何しろあのデカブツを倒した実績があるからな」

そこまで聞いて、エリはふと意地の悪い笑みを浮かべた。

「ゼノ、その情報はどこから?」
「そりゃあまぁ、アークスカウンターのおねぇさんから色々とね…」
「へぇー、そりゃ大した情報網ね」

その声に、ゼノの顔が一瞬で引きつる。
エコーが思い切り、怒りの表情で立っていた。

「私が装備を整えてる間に、ゼノはナンパしてた訳ね?」
「いやそういう訳じゃな・・痛ぇ!!!」

思い切り、ヒールでゼノのブーツを踏みつけるエコー。
また始まった、とエリが笑うと、エコーはエリに向き直ってひきつった笑顔を見せる。

「ごめんねー、お邪魔だったでしょ?」
「そんな事は無いけど」
「一応情報はこのオバカさんが伝えたみたいだし。行くわよゼノ」

また、耳を引っ張って引きずろうとするエコーに、ゼノはその手を払った。
本気で怒りの表情を浮かべている。

「だからちょっと待てって!痛ぇって言ってんだよ!」
「うるさいわね!二人の邪魔しといてよく言うわよ!」
「あのなぁ!そもそもお前が遅れて来たのが悪いんじゃねぇか!」

周りそっちのけで喧々囂々。
立ち去りながらずっと口喧嘩を続ける二人に思わず笑ってしまう。
正直なのかそうでないのか。
苦笑しながら、リュードは二人の後姿を見送った。

「相変わらずだなぁ」
「あれでお互いに絶対的な信頼を寄せてるのよ、凄いわよね」
「全くだ」

ふとエリは、リュードの手元に小さく輝く光点を見つけた。
それは、リュードとエリの二人にしか見えない「事象の羅針盤」の輝き。
マターボードが僅かに反応している。
リュードは彼女の変化に気付いて手元を見、その表情が厳しいものになった。

「…事象の欠片(マター)の反応があるな」
「それが兆しなの?」
「ああ。多分今の『情報』がきっかけだろう。だがその『回帰』が何時何処で起こるかは判らない」

今この瞬間にも「選択」は行われている。
無数に散らばった「事象の糸」を手繰り寄せ、その中から道を一本だけ見つけて行く。
それがどれだけ難しく、重い事か。

「じゃあ、アフィン君が戻ってくるまでに少しでも強くなっておかないと」
「エリ?」
「私達だけでも受けられる任務を探しましょ、回復はメイト系で何とかすればいいし」

その目は既に「先」を見ていた。
リュードは立ち上がり、同じ方向を向く。

「やっぱり君は頼りになるな、心強いよ」
「どういたしまして」

同時に二人は歩き始めた。

同じ方向を見、同じ時を歩む。

時々はお互いを確認し、お互いを想い、支えながら。

傷だらけにもなるだろう。時には傷付け合う事もあるかもしれない。

それでも歩む事をやめなければ、いつか辿り着ける事を信じている。

何処へ?





マターボードが必要とされない、未来へ。





(2012年6月4日 脱稿 C-ma)




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